… … …(記事全文3,870文字)高市政権が掲げる「責任ある積極財政」は、主流派の経済学者やマスコミ、そして、自民党の「主流派」からすれば「異端」と言われる財政の考え方です。学界、政界、メディア界における主流は積極財政でなく、その正反対のイデオロギーである「緊縮財政」だからです。
ではなぜ、積極財政が異端視され、緊縮財政こそが「正義」であるかのような風潮が各界を席巻しているのか、そしてその状況打開のために何が求められており、その中で、自民党に4年前に設置された「責任ある積極財政を推進する議員連盟」(共同代表:中村裕之・松本尚・若林洋平、顧問:城内実)がどの様な役割を担ったのかを、改めてとりまとめてみました。是非、ご一読ください。
■「積極財政」は世間の風潮ではなく事実データに裏付けられている
ただし、以上の三点(現在日本は激しく経済が低迷している一方、そこから脱却すれば財政基盤を含めた国力はあらゆる面で改善する、そして、その経済低迷から脱却するためには積極財政が必要である、という三点)は、日本のGDPや賃金、消費等の推移や、その推移に対する消費増税等の緊縮財政のインパクトという「実証データ」を見れば自ずと導き出すことが可能なものばかりです。
ですから、「思想」や「イデオロギー」とは無関係に、ただただ実証データに示される「現実」に対して真摯に向き合う姿勢さえあれば、自ずと積極財政の必要性を理解出来る筈だと言うこともできるでしょう。一般にそうした姿勢は、プラグマティズム(実践主義)と呼ばれます。
一方で、あくまでも緊縮財政が正しいと主張する前政権の関係者や財務省、主流派のメディアやエコノミスト達は、そうした「現実」の実証データを彼らにとって都合の悪いものと見なして無視するか曲解するか等の特殊な心理プロセスを経て、「緊縮財政=善、積極財政=悪」というイデオロギーを強固に保持し続けている一群の人々だと解釈することもできるでしょう。
したがって、「積極財政VS緊縮財政」という対立は、言い換えるなら「事実に基づくプラグマティズム財政VS事実を尊重しないイデオロギー財政」という対立となっていると言えます。
そして自民党はこの後者の「事実を尊重しないイデオロギー財政」としての緊縮財政論者が、大きな影響力を誇っています。例えば、前総理の石破茂氏、前々総理の岸田文雄氏は緊縮財政論者としてよく知られていますし、岸田氏が率いる派閥であった宏池会は、緊縮財政を長年主張し続けてきました。
長年税制調査会の会長を務めていた財務省出身の宮沢洋一氏や通産省出身の野田毅氏らもまた、強烈な緊縮財政論者でした。
さらに言うと、こうした緊縮思想は自民党だけでなく、長年自民党と連立与党を組んでいた公明党においても緊縮的な政策が長年主張されてきましたし、野党第一党の立憲民主党においても、その代表の野田佳彦氏を中心に濃密に広がっています。
■政界、官界、メディア界で緊縮財政が主流なのは社会心理の帰結
つまり、よくよく政界や官界、メディア界を眺めてみると、主流派は明らかに「緊縮財政」であり、「積極財政」はむしろ少数派であることが見て取れます。
GDPや賃金、消費などの長期的な事実データ(例えば、本書で紹介した数々のグラフ等)を見れば、緊縮財政よりも積極財政が、成長や財政再建の為に必要であるという実態が見て取れるのですが、社会の風潮を見れば、おおよそ皆が緊縮財政を主張している実態が見て取れることとなります。
つまり、「客観的」な視点を持つ人々は積極財政を採用する一方、「世間の風潮的」な側面から政策判断をする人々は緊縮財政を主張し出すことになるわけです。そして、世論のみならず、政界、メディア界、そして驚くべきことに学界においても、客観的な事実データではなく、周りが何を言っているのかという社会的同調圧力が重視されて、それぞれの「風潮」「空気」ができあがっているわけです。
つまり、積極財政というものは「客観的な事実データに整合するが、世間の風潮とは相反する考え方・姿勢」なわけです。したがって、「長いものに巻かれる」ことで多くの利益が得られるこの現世においては、(純粋に社会心理学的な理由から)ついつい人は積極財政を忌避し、(事実的、客観的根拠がないにもかかわらず)緊縮財政を口にしがちになるわけです。
そしてそうなれば、ますます…

購読するとすべてのコメントが読み放題!
購読申込はこちら
購読中の方は、こちらからログイン