□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2011年7月11日発行 第497号 ■ ============================================================== 「昭和天皇とワシントンを結んだ男」の素晴らしい書評を見つけた ============================================================== 私は7月9日のメルマガ第494号でニューズウィーク東京支局長 であったコンプトン・パケナムの日記を解読して書かれた新潮社発行 のこの本について書いた。 しかし、その本の重要性を読者にどこまで伝えられたかは心もとない。 その私の不安を払拭してくれる素晴らしい書評を7月10日の日経新聞 に見つけた。明治学院大額教授の原武史氏の書いたそれだ。 よい書評とは、当然のことながら、内容の重要性を的確に伝え、書評を 見つけたものにその本を読みたいと思わせるものである。 原教授の書評は見事にその役割を果たしている。 その書評を要約して以下に引用したい。 引用はじめ ・・・占領期の昭和天皇が、日本国憲法の定める象徴ではなく、政治的 主体として行動したことは明らかである。 例えば天皇は、米軍による沖縄の半永久的な軍事占領を勧めるメッセージ をマッカーサーに送っていた。国際情勢のなかで日本の共産化を防ぐため、 政府を飛び越えてマッカーサーと直接やりとりしようとしたわけだ。 しかし、本書によれば、昭和天皇は必ずしもマッカーサーを信用していた わけではなかった。いや、むしろ、「日本はアジアのスイスだれ」と説くマッ カーサーや、彼に追随する吉田茂に対抗して、米軍の駐留を主張すべく、 ワシントンのダレスとつながる非公式のチャネルをつくっていた。 その窓口となっていたのは、日本側が天皇の側近、松平康昌であり、米国 側がニューズウィーク東京支局長のコンプトン・パケナムであった。 本書は、著者自身が発見したパケナムの日記をもとに、このチャネルが 占領期の日本でいかに大きな政治的役割を果たしていたかを浮き彫りにする。 そしてマッカーサーによって一度は再入国禁止の憂き目にあったパケナムが、 1951年にマッカーサーが更迭されることで、「高らかな勝利」をおさめ たとする。 鮮やかな分析である。 昭和天皇に関しては、前述の沖縄メッセージといい、2006年に発見され た「富田メモ」といい、一つの資料が天皇自身の歴史的評価を大きく変える 場合が少なくなかった。 本書もまた、米国在住のすぐれたジャーナリストの手で、占領期の天皇が 共産化をおそれるあまり、極めて高度な政治的能力を発揮していたことを明 らかにした。 それはまた、政治権力を持たない昭和天皇の発言だけで占領軍や米国政府 が動くことはなかったとする研究書に対する、鋭い批判にもなっている。 引用終わり 日本の昭和史を正しく知らない限り、なぜ日本の指導者たちがここまで 日米同盟を絶対視するのか、対米従属から自立できないのか、それを理解する ことは出来ない。 我々が知っている真実はごく一部だ。それを謙虚に受け止め、すぐれた学者 やジャーナリストの努力に敬意を表しながら、我々は一つでも多くの真実を見 つけ出す努力を続けて行かなければならないと思う。 その事が結局は日本国民を米国から自立させてくれるにつながるのだ。 それを妨げようとして真実の隠蔽や歪曲が行なわれるのである。 了

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