■□■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年6月29日発行 第238号 □■ ──────────────────────────────── ■ 平岡敬(たかし)元広島市長の証言 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ある年の広島原爆記念日を、私はカナダの日本大使館で迎えたことがあった。 NHKのニュースに映し出された広島市長の平和宣言。そのあとに続く日本の 首相の挨拶。 そのあまりの違いに私は驚いたものだ。 広島市長の言葉は間違いなく自分の言葉で核廃絶を訴えている。短く簡潔だが 胸に響く。 しかし日本の首相の言葉は、いかにも外務官僚の書いた原稿の棒読みだ。 核廃絶のために日本外交がいかに多くの努力をしてきたかを羅列した後に、 米国の核の傘によって日本は守られている事への配慮を忘れない。 私が外務省にいたときに聞き飽きたせりふだ。外務官僚の誰もがそらんじて 言える決まり文句だ。 そこには一切の思想はない。葛藤はない。感情すらない。繰り返し使われて きた前例の踏襲である。 私はカナダの地から広島市長にさっそくファンレターを書いた。あなたの言葉 は私の心に響いた、と。日本の首相の言葉が小さく見えた、と。 それに対して市長からは丁重な返事が送られてきた。著書「希望のヒロシマ」 (岩波新書)が同封されていた。 そういえば、これは1997年の事だった。当時の広島市長は平岡敬氏、日本 の首相は故橋本龍太郎首相だった。 6月26日の朝日新聞連載「核なき世界」の記事がそれを鮮やかに蘇らせて くれた。 そこに書かれていた平岡敬元広島市長の証言の中に次のようなくだりを見つけた。 ・・・広島市長だった97年8月6日、平和宣言で「日本政府に対して 『核の傘』に頼らない安全保障体制構築への努力を要求する」と主張した。 すると、故橋本龍太郎首相が声をかけてきた。「できっこない。市長は アメリカの怖さを知らない」と。「何が怖いんですか」と聞いても返事は なかった・・・ あの時こんなやり取りがあったのだ。私は驚いた。 平岡氏のこの証言は、戦後の日米関係の異常さを見事に象徴している。 この国の指導者たちが米国に対して持ち続けてきた根拠なき従属性を 臨場感をもって教えてくれている。 米国の恫喝は確かに怖い。しかしその恫喝は不当な恫喝だ。その不当な恫喝を 国民に隠して対応しようとするからますます米国が怖くなるのだ。従わざるを 得なくなるのだ。 これからの対米外交は国民にすべての情報を開示し、国民の理解と支持を得た 外交に切り替えるべきだ。 戦前の日本外交ならいざ知らず、戦後の日本外交において米国に恫喝される ような事は何一つしていないはずだ。 この国の指導者が怖れるべきは日本国民である。 国民に負担を強いてまで米国の不当な要求に屈する。そしてそれを国民に 隠し続ける。 その売国さを国民が知った時の怒りこそ政府・外務省は怖れるべきである。 国民にすべてを明らかにし、国民の理解と支持のもとに行う外交ほど強い ものはない。 それこそがこれからの対米外交に求められるものである。 ──────────────── 天木直人のメールマガジン 2009年6月29日発行 238号

新しいコメントを追加