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鹿島神宮の謎~高天原はここにあった~
日本の歴史学会は資料偏重主義がまかり通っていて、文字として記載がないものは史実と認めない。しかも主に古事記・日本書紀に限定しており、その他の古文書は信用できないとレッテルを貼っている。一方で、なぜか中国の古文書は尊重するらしく、易姓革命が繰り返され、新しい王朝を正当化するために書かれた歴史書をありがたがる。
これも中国は正しいと信じたい左翼的流れをくむ風潮である事はあまり知られていない。だから戦前は、魏志倭人伝は、それほど尊重されておらず、魏志倭人伝に書かれた卑弥呼も今ほど重要視されていなかった。卑弥呼が騒がれ始めたのは戦後だったのだ。
考えてみれば、古事記や日本書紀に書かれていない卑弥呼という存在を、なぜ頑なに存在したかのように主張するのか不思議である。そのような姿勢では日本の古代史など見えてくるはずもない。ならば、古代史を紐解くには何が必要か?
推察しかない。
今回、謎の多い鹿島神宮をいくつかの根拠を元に推察していきたい。
まず、鹿島神宮は、『常陸国風土記』に記載がある通り、東国随一の古社だ。
東国随一の古社であるという事は実は日本で一番古い神社という意味だ。
西日本にある神社は、伊勢神宮も、宇佐八幡宮も大体の創設年代は判明している。
ただ、出雲大社は古い。しかし、ここは神話で比べると下記の違いがある。鹿島神宮:「香島の天の大神」が高天原より香島の宮に降臨し建立
出雲大社:大国主神が天照大神の子に国譲りに応じる条件として建立
とある。
つまり、「香島の天の大神」は高天原から直接来た種族であり、天照大神と同じ世代という事になる。ただ、「香島の天の大神」は『常陸国風土記』にだけ書かれている神なので、他にも鹿島神宮が特別であった根拠、一番古いと言える理由を列挙すると…
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