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Introduction:最近、日本各地で様々なタイプのデモや集会が行われるようになっている。
政治、経済、社会保障、労働、差別、人権、ジェンダー、環境、教育、地域問題、外交、安全保障など、主題は幅広い。
筆者も「オタクデモ」「PROTEST RAVE」「ペンライト集会」といった ”個性的なデモ” を取材したばかりだ。
公共空間で意思を表明し、社会に対して異議申し立てを行う光景は以前よりも可視化されるようになった。
時に規模は小さくとも、「声を上げる人々」が存在していること自体が、かつてより見えやすくなっている。
その一方で、デモやその参加者に向けられる誹謗中傷、嘲笑、人格攻撃、デマ、晒し、侮辱もまた、以前に比べて格段に目立つようになった。
何らかのデモがニュースやSNSで取り上げられると、その主張の中身を検討する前に参加者の服装、外見、年齢、表情、掲げている文言の断片が切り取られ、「頭がおかしい」「気持ち悪い」「迷惑行為」さらには「交通の邪魔」といった言葉が投げつけられる。
中には、顔写真の拡散、勤務先や学校への嫌がらせを示唆する投稿、継続的な付きまといに近い攻撃まで見られる。
この現象を前にして、多くの人が不思議に思うはずだ。
なぜ、ここまで誹謗中傷を繰り返す人が増えたように見えるのか?そうした人々は一体どんなメンタリティーで、なぜそこまで他者を叩くのか?
単に意見が違うだけではない、もっと粘着質で、もっと侮蔑的で、もっと人格否定的な敵意はどこから出てくるのか?
──そしてもう一つ、看過できない論点がある。
デモを激しく中傷する者たちの中には、ある種の人物像が比較的多く含まれているのではないか?という感覚である。
具体的には、中年から高齢に差しかかった男性、独身で、異性との親密な関係に乏しく、男尊女卑的な価値観を持ち、自分の仕事や会社や社会的立場に誇りや自信を持てず、疎外感を抱え、しかも物事へのこだわりが強く、偏見も強い――そういう人物像だ。
もちろん、こうした見立てにはラベリングの危うさがある。しかし一方で、実際のネット空間や街頭で観察される敵意の形を見ると、この像が完全な的外れとも言い切れないという感触を持つ人は少なくないだろう。
このメールマガジンでは、この問題をできるだけ大きな視野で捉え直したい。
誹謗中傷が増えた背景、そうした行為に走る人々の心理、批判と中傷の境界、デモ参加者や主催者の自衛策、日本社会においてデモが嫌われやすい文化的背景、そして一部の中高年男性に見られるであろう「妬み」「そしり」「やっかみ」の役割まで、全てを一つの流れの中で考えていく。

