… … …(記事全文4,292文字)●「ストックホルム合意」から12年
「ストックホルム合意」が締結されたのが2014年5月、事実上「合意」が破綻したのが2016年2月である。あれから12年、日朝間は、「裏」チャネルの水面下交渉も、「表」チャネルの公式協議も途絶えたまま現在に至っている。当時の安倍晋三首相は、本心は「『再調査』など茶番だ」としながらも、合意締結時にはこう述べた。
「すべての拉致被害者の家族が自身の手でお子さんたちを抱きしめる日がやってくるまで、私たちの使命は終わらない。この決意を持って取り組んできた。全面解決へ向けて第一歩となることを期待している」
この合意は、北朝鮮側がそれまでの「拉致は解決済み」の姿勢を転換し、「すべての日本人について「包括的かつ全面的な調査」を約束した画期的なものであった。「すべての日本人」とは、北朝鮮の地で亡くなった日本人、戦後の混乱期に帰国できず北朝鮮に取り残された「残留日本人」、そして帰国事業で北朝鮮に渡った在日コリアンの配偶者である「日本人妻」も含まれていた。
日朝双方とも、この合意は無効とは宣言していないが、実質的に機能はしていない。この合意が誠実に履行されていたならば、拉致問題はブレイク・スルーし、他の問題も進展していた可能性が高かっただけに、空白の時間が極端に長いことに失望するばかりである。
実は、この「合意」が締結されるまでには、10年もの歳月が費やされている。その間、首相の交代、民主党への政権交代、自民党の政権奪還などがあったことも影響している。しかし、対北朝鮮の交渉チャネルが存在していたという意義は大きい。
●ミスターXとの関係は断絶
小泉訪朝以降、日朝両国の約束が反故にされたことなどから、互いの信頼関係は損なわれた。田中均外務省アジア大洋州局長(当時)の水面下での交渉相手だった、「ミスターX」についても、本人の証言によれば「連絡が取れなくなった」という。また、田中氏は、「外務省には、昔から北朝鮮とは何らかの交渉チャネルがあったが、それも、もはや望むことはできなくなった」とも語っている。
●後継者ミスターYとは
しかし、対北朝鮮の民間外交のカウンターパートとして、ミスターXの後継者が存在していたのである。「ミスターY」と呼ばれるその人は、自称「統一平和研究所」理事の李氏であった。しかし、それは仮のもので実際は、北朝鮮中枢に近い国家安全保衛部の幹部であることが後に判明したという。ミスターYは、正当な要望があれば、民間人、政治家、ジャーナリストなど分け隔てなく面談したという。2004年11月14日、前稿で触れたとおり、外務省アジア大洋州局長の薮中三十二氏が「念書」まで書いて、横田めぐみさんのものとされる「遺骨」を受け取って帰国した。そのわずか2日後、私の知るジャーナリストが、初めてミスターYと面談したという。
