… … …(記事全文3,608文字)二〇二六年六月二十三日、最高裁は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への解散命令を確定させた。
メディアは一斉に「被害者救済の節目」と報じている。だが、我々はこの決定の裏で進行した、日本の統治構造の地殻変動を見落としてはならない。
国家の意思決定を冷徹に見つめる戦略的リアリズムの視点に立てば、今回の決定プロセスには、法治国家の原則を揺るがす奇妙な、そして恐るべき政治的力学が働いていた。
一見すると無関係な事象が、実は一本の糸で繋がっている。統一教会への異例の解散命令。自民党最大派閥のパージ。そして高市政権を支える巨大議連の誕生。これらすべてを貫くのは、戦後一貫して継続してきた「対米従属」という構造である。
刑事事件なき解散命令という「危うい前例」
過去に解散命令が下されたオウム真理教と明覚寺は、いずれも幹部が組織的な刑事犯罪で有罪となった団体だった。地下鉄サリン事件。詐欺罪での逮捕。明確な犯罪行為があった。
しかし今回の教団は違う。幹部が刑事事件で有罪判決を受けたわけではない。根拠とされたのは「民法上の不法行為」である。民法上の不法行為を理由に宗教法人の解散が確定したのは、これが史上初だ。
ここに重大な転換がある。
政府は長年、解散命令の要件は刑事事件に限るとの法解釈を維持してきた。岸田文雄首相(当時)自身、二〇二二年十月十八日の衆院予算委員会で「民法の不法行為は入らない」と明言していた。オウム解散時の判例を踏襲する、と。
ところが、その翌十九日。岸田首相は参院予算委員会で「民法の不法行為も入り得る」と答弁をひるがえした。わずか一日で、戦後維持してきた法解釈を百八十度転換したのである。野党からさえ「朝令暮改にもほどがある」と批判が出た。
一人のテロリストの凶弾という悲劇を契機に、国家が一晩で法解釈を書き換え、特定の団体を社会的に抹殺する強力な武器を手にした。
これは極めて危うい。今日は統一教会が標的でも、明日は誰が標的になるかわからない。法治とは、世論の沸騰から少数者を守る最後の防波堤である。その防波堤に、安倍晋三元首相暗殺を契機とする巨大な穴が開けられた。
狙われた保守本流――テロを奇貨とした権力闘争

購読するとすべてのコメントが読み放題!
購読申込はこちら
購読中の方は、こちらからログイン