… … …(記事全文4,444文字)国際経済学者のジェフリー・サックス教授(コロンビア大学)や、国際政治アナリストの伊藤貫氏は、今回のイスラエルとアメリカによるイラン攻撃について、共通の見解を示しています。これは突発的な軍事行動ではなく、イスラエルが30年にわたって堅持してきた「クリーンブレーク戦略」の最終章である、と。
では、クリーンブレーク戦略とは何でしょうか。
日本のメディアではほとんど報じられることのないこの戦略文書を読み解くことで、現在進行中のイラン戦争の本質が見えてきます。
クリーンブレーク戦略の起源
正式名称は「A Clean Break: A New Strategy for Securing the Realm」(クリーンブレーク――安全保障の新戦略)。1996年、アメリカの保守系シンクタンク「高等戦略政治研究所」(IASPS: Institute for Advanced Strategic and Political Studies)が発表した政策提言文書です。
この文書を策定した研究グループの主要メンバーは、以下の人物たちです。
リチャード・パール(Richard Perle)――研究グループのリーダー。アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)所属。後にジョージ・W・ブッシュ政権で国防政策委員会議長を務めた。
ダグラス・ファイス(Douglas Feith)――後にブッシュ政権で国防次官(政策担当)に就任。イラク戦争の政策立案に深く関与した。
デイヴィッド・ワームサー(David Wurmser)――IASPS研究員。後にディック・チェイニー副大統領の中東担当顧問に就任した。
彼らに共通するのは、いわゆる「ネオコン」(新保守主義者)と呼ばれる外交・安全保障上の立場です。アメリカの軍事力を積極的に行使して中東の体制転換を図り、イスラエルの安全保障環境を根本的に作り変えるべきだ、と主張する人々です。
注目すべきは、この文書がアメリカの政策文書ではなく、イスラエルの首相に対する政策提言として書かれたという点です。1996年に初めて首相に就任したベンヤミン・ネタニヤフに向けて、アメリカ人のネオコンたちが「こうすべきだ」と提案したのです。
「クリーンブレーク」の意味するもの
「クリーンブレーク」とは「完全なる断絶」を意味します。何からの断絶か。それは、パレスチナとの和平プロセス、すなわちオスロ合意からの完全離脱です。
1993年のオスロ合意は、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が相互に承認し、「土地と引き換えの平和」という原則に基づいてパレスチナ国家の樹立を目指すものでした。ネタニヤフの前任であるイツハク・ラビン首相がこの歴史的合意を推進しましたが、1995年に和平に反対するイスラエル人青年に暗殺されています。
クリーンブレーク戦略は、このオスロ合意の枠組みを根本から否定しました。「土地と引き換えの平和」ではなく、「力による平和」を追求すべきだと主張したのです。
具体的には、以下の方針が示されました。
第一に、ガザ地区やヨルダン川西岸におけるパレスチナの主権を認めないこと。リクード党の基本路線である「ヨルダン川から地中海まで、すべてイスラエルの主権下に置く」という立場の貫徹です。
第二に、周辺の敵対的政権を弱体化させ、必要であれば転覆させること。文書はまずイラクのサダム・フセイン政権の打倒を優先課題に掲げ、続いてシリアの封じ込めと弱体化、さらにレバノンにおけるヒズボラの排除を求めました。
第三に、イスラエル、トルコ、ヨルダン、そしてフセイン後のイラクで「自然な同盟軸」を形成し、中東の地政学的地図を書き換えること。
この構想は、一部の論者が指摘する「大イスラエル」構想と重なります。イスラエルの戦略的縦深を確保するために、周辺国の体制転換を通じて地域全体をイスラエルに有利な形に再編するという発想です。
「7つの国を5年で倒す」――ペンタゴンの実行計画
クリーンブレーク戦略がネタニヤフに提示されてから5年後、2001年9月11日のテロ攻撃が起きます。そしてその直後、この戦略は驚くべき形でアメリカの国家政策に転化しました。
元NATO欧州連合軍最高司令官のウェズリー・クラーク将軍は、9.11直後にペンタゴンを訪問した際の衝撃的な体験を、2007年の講演で公にしています。ペンタゴンの高官から一枚のメモを見せられ、そこには「5年以内に7つの国の政権を打倒する」と記されていたというのです。
リストに載っていた7つの国は、イラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランでした。
クリーンブレーク文書の策定者であるパール、ファイス、ワームサーらは、この時点でブッシュ政権の要職に就いていました。シンクタンクで書かれたイスラエル向けの提言が、アメリカの戦争計画へと姿を変えたのです。
以後、何が起きたか。

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