本年7月28日の令和8年熊本地震により、熊本と鹿児島を繋ぐ九州新幹線と在来線の一部が被災し、運行休止となりました。
現場・関係者の懸命の努力により復旧が急がれ、九州新幹線は令和8年9月18日に運行再開される見通しが公表されているところですが、この約2か月にわたる新幹線路線の途絶は、地域経済、そして日本経済に大きな経済被害をもたらしています。
もちろん、この鉄道路線の途絶に伴い代替バスが運用されていますが、その輸送力は、新幹線が従来担っていた輸送力のごく一部に限られているものと考えられます(簡単な試算によれば1割に満たない水準と推察されます)。
その結果、観光、買い物などの日常的な消費活動が抑制されることはもちろん、様々な経済価値を生み出すビジネス活動、産業活動、生産活動も抑制されます。そして、そうした諸活動が抑制されれば、それらと関連する様々な経済活動も波及的に抑制されることになります。
そこで、こうした波及効果も含めたトータルの経済被害がどの程度になるのかについて、当方の研究室で、国土交通省の研究機関とともに開発したマクロ経済モデルMasRAC(Macro simulation model that accounts for Regional ACcessibility)を用いて推計いたしました。
推計の詳細は、
『令和8年熊本地震による九州新幹線運休の経済損失と迅速復旧の経済・財政的価値の推計』
研究資料:https://x.gd/aT20E
(掲載HP:https://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/member/fujii/journal)
ならびに、その参考文献をご参照いただければと思いますが、結果だけをご紹介すると、以下の被害が生じている可能性が推計されました。
「鉄道(新幹線+在来線)の運行休止が1か月継続した場合の経済損失は、
名目GDP換算で約1,295億円
名目税収で約141億円」
また、「新幹線だけ」が途絶した場合の被害については、1か月あたり、
名目GDP 1,017億円
名目税収 111億円
という結果となりました。
つまり、新幹線の運行が停止することにより、熊本、そしてその被災地のさらに「奥側」に位置する鹿児島への「行きやすさ」(アクセシビリティ)が抜本的に低下した結果、それまで新幹線が支えていた九州南部、ならびに九州南部と関わる様々な地域の第三次産業を中心とした諸産業の「供給」と「需要」が大きく毀損し、それによって経済活動が低迷し、最終的に税収もまた低迷することになるわけです。
なお、新幹線が1か月途絶することによる経済被害は、逆に言うなら、新幹線を早期に復旧させることによってもたらされる「経済価値」を意味します。
つまり、
『JR九州をはじめとした関係各位の懸命の復旧努力によって新幹線の復旧が1か月短縮されることの価値は、1か月あたり名目GDPにして1,017億円、名目税収にして111億円に相当する』
ということが推計されたわけです。
そうである以上、現時点では民間が進める新幹線復旧には、(復興が遅延するケースに比して)1か月あたり約100億円もの公的税収を「増やす」効果があることになります。したがって、その早期復旧を「政府が財政的に支援」することには、十分な経済的・財政的合理性がある事が強く示唆されます。
そもそも、復旧によってもたらされる「経済効果」は、JR九州の運賃収入はもちろんのこと,観光、宿泊、小売、飲食、ビジネス活動、生産活動、さらにはそれらに関連する地域内外の様々な経済活動に広く波及します。つまり、新幹線復旧の「経済効果」の相当部分は、復旧を担う事業者自身の収益として回収されるものではなく、広く地域経済・国民経済、そして政府財政にも帰着するのです.だから繰り返しますが、迅速な復旧に対する「政府による財政的支援」には一定の合理性が存在すると考えられるのです。
もちろん、この推計は、各種前提の下で経済状況を推計するMasRACに基づくものです。このモデルは、交通投資や交通条件の変化が、短期から長期にわたり地域経済・国民経済にもたらす様々な影響を総合的に評価するために開発されたものですが、災害直後に生じる短期的な経済調整のすべてを精緻に再現するものではないという点には留意が必要です。
ただし、「新幹線整備によって進展した地域の産業基盤」は、仮にその多くが物理的に残存していたとしても、そこに人々が「アクセス」できなければ、十分な経済活動を展開することができません。したがって、地域間アクセシビリティの低下を通して経済活動がどの程度毀損するのかを分析するMasRACによって、新幹線途絶の経済被害を推計することには、一定以上の合理性が存在するものと考えています。
なお、10年前の2016年熊本地震の際、新幹線の不通期間は13日に限られていました。ところが、今回の新幹線の被害は前回よりも深刻で、さらに長期の不通が見込まれる状況となりました。
その意味で、建築物・構造物そのものの被害については、前回の熊本地震よりも今回の方が概して限定的であるとも言われていますが,「経済被害」については必ずしもそうならず,前回と同様,あるいはそれ以上の水準に達することが危惧されるのです.
そして言うまでもなく、高速道路についても、地方・中央政府をはじめとした関係各位の懸命の努力によって早期復旧が進められましたが、被災区間によって復旧時期は異なるものの、主要な被災区間では一般交通の再開まで約3週間を要しました。
その間、高速道路の途絶もまた、新幹線とは異なる形で、地域の物流、観光、ビジネス、日常生活等に大きな経済被害をもたらしています。この高速道路途絶による経済被害についても、本試算と同様、MasRAC等を用いて定量的に推計することが可能であり、その検証は今後極めて重要であると考えられます。
いずれにせよ,地震は、家屋や生産施設の被害を通して経済被害をもたらします.しかし,地域間を結ぶ新幹線、鉄道、道路、高速道路といった交通インフラの被害は、「人やモノが移動できなくなる」という形で広範な経済活動を抑制し、その波及効果を通して、地域経済、そして日本全体の経済に,より深刻かつ甚大な被害をもたらし得るのです.
したがって、交通インフラの強靱化、そして被災した場合の迅速な復旧には、極めて大きな経済的価値があるのです.
今回の推計が示しているのは、新幹線の復旧をわずか1か月早めるだけでも、その経済価値が名目GDPにして約1,000億円規模、財政的価値が税収にして約100億円規模に達し得るということです。
我々国民、政府、そしてとりわけ政府財政当局は、こうした交通インフラの強靱化・迅速復旧が持つ甚大な経済的・財政的価値を、十二分に理解することが必要であると考えます。
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