… … …(記事全文3,897文字)最初の内閣改造の段階から、農水相には簗と武部の名前があがっていた。しかし、簗に対しては党内から懸念の声が伝えられていたにも関わらず、高市首相は聞き入れず、木原官房長官と二人で決めていった
◆〔特別情報1〕
日本農業新聞は16日、「武部農相の横顔 親子2代で就任 国際会議で農相代理の経験も」という見出しをつけて次のように報道した。
《農相に就任した武部新氏は1970年生まれの56歳。小泉純一郎政権下で自民党幹事長や農相を務めた武部勤氏の長男で、親子2代で農相に就いた。今回が初入閣。新たな水田政策の具体化など、農政が重要な局面に入る中、農政の実力を買っての起用とみられる。
【画像】短期で退いた近年の主な農相一覧
北海道東部の知床半島にある斜里町生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)や勤氏の秘書を経て、自民党が政権を奪還した2012年の衆院選で初当選した。「日本一広い選挙区」として知られる北海道12区選出で、選挙区は畑作や酪農が盛ん。当選6回。
これまで農水副大臣や党農林部会長、党野菜・果樹・畑作物等対策委員長を歴任した。農林部会長は、今回農相を引き継いだ簗和生氏の後任。鈴木憲和氏以降、農相は3人続けて当選同期だ。》
「予算削減」発言が大手週刊誌や地元新聞社から音声公開で報道された時点で、当然、この流れは避けられなかった。つまり、全ては高市首相の任命責任に帰結する話なのだ。高市首相がそのことをどれほど認識しているかは不明であるが。
自民党内部に精通する事情通は、「発言が報道されても高市首相が続投させるとしたのは、次の農相を決める時間稼ぎだ」と、当初から指摘していた。というのも、内閣にとって「農水相」は鬼門といわれている。第一次安倍内閣では、松岡利勝農水相が自殺に追い込まれたことを皮切りに、赤城徳彦農水相が「バンソウコウ」を顔に貼ってマスメディアの映像に露出されたりで、立て続けに農水大臣が交代し、そこから政権が崩壊していった。
しかも高市首相は、この第一次安倍内閣では、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、科学技術政策、少子化・男女共同参画、食品安全、イノベーション担当)として初入閣を果たしていた。それだけに、当然、「鬼門」としての「農水相交代劇」の記憶は生々しい記憶として残っているなかで交代人事を検討していたはずだ。
そして自民党内部に精通する事情通は、次のように語った。
「最初の内閣改造の段階から、農水相には簗と武部の名前があがっていた。しかし、簗に対しては党内から懸念の声が伝えられていたにも関わらず、高市首相は聞き入れず、木原官房長官と二人で決めていった」
以下、特別情報である。

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