□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2012年1月22日第57号 ■ ========================================================= ブレア首相と小泉首相の違い ========================================================== 1月1日から掲載が始まった日経新聞の「私の履歴書」は ブレア元英国首相のそれである。 それを私ははじめから読み続けてきた。 その理由はもちろん、あのブッシュ前大統領の「私に履歴書」が そうであったように、イラク戦争に関してどのように語るのか、 語らないのか、それに興味があったからである。 そしてきょう(1月22日)の連載第21回目において、ついに ブレア氏がイラク戦争について語った。 それを読むと、彼がいかにブッシュ大統領と協議を重ね、あの戦争 を思いとどまらせようと努力したことがわかる。 もちろんブレア氏は今でもあの戦争は正しかったと言い張る。 最後の段階ではブッシュ大統領の最強の支持者となった。 しかし、彼はサダム・フセインのイラクを倒すことは、あくまでも 国連決議に基づいた国際社会の一致した合意で行われるべきであると 最後までブッシュ大統領を説得しようと務め、国際社会が分裂する 事態を避けようと自ら努力を重ねたのだ。 彼は語る。軍事行動を起こす前に、フセインに査察を受け入れる 最後のチャンスを与えるべきだとブッシュを説得するために米国に 飛び、それに成功した、と。 査察の結果、軍事行動止むなしとブッシュが言い出した時も、国連 安保理決議が必要だとブッシュを説得したが、この時はブッシュは 必要ないと言い張って聞かなかった、と。 ブレア氏は履歴書の中で明確に書いている。2002年11月の 国連安保理決議は、軍事行動の前に、それを容認する決議が必要か どうかについては言及していなかったが、少なくとも政治的には軍事 行動の前にはあらたな国連決議が必要だった、と。 かれは当時の事を次のように書いている。 「03年3月の軍事行動開始までの期間は、首相在任10年間でも 最も困難な時だった」、と。 ブッシュ大統領のプードルと呼ばれたブレア首相であったが、その プードルでさえもここまでブッシュに単独攻撃をやめさせようと努力 していたのだ。 そしてそれを彼は世界の前で告白した。 ひるがえってブッシュのポチと言われた我が国の小泉首相はどう だろう。 どう考えてもブッシュとイラク戦争について議論したとは思えない。 いまだに一言も語らない。 日本だけがイラク戦争の検証を行わないまま、その時の決断の背景を ウヤムヤのまま終わらせてしまう国になろうとしている。 ちなみにブレア首相は、オーストラリアのハワード首相、コロンビアの ウリベ大統領とともに、ブッシュ大統領が退任する直前の2009年 1月にワシントンの迎賓館に招待され、最も協力的であった友人として 米大統領自由勲章を授与されている。 そこには小泉首相の名前はなかった。 了 ──────────────────────────────── 購読・配信・課金などのお問合せやトラブルは、 メルマガ配信会社フーミー info@foomii.com までご連絡ください ──────────────────────────────── 編集・発行:天木直人 ウェブサイト:http://www.amakiblog.com/ 登録/配信中止はこちら:https://foomii.com/mypage/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

新しいコメントを追加