■□■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ 天木直人のメールマガジン 2009年6月12日発行 第219号 □■ ──────────────────────────────── ■ ブッシュ大統領と小泉首相のその後 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ニューズウィーク日本語版6月17日号を買い求めて、移動の列車の中で 読んでいたらある記事に目がとまった。 「ジョージ・W・ブッシュ流 第二の人生の探し方」という見出しの下で、 その後のブッシュ前大統領の今を我々に教えてくれる記事である。 すっかりメデイアに取り上げられなくなったブッシュ前大統領であるが、 そこに述べられているブッシュ前大統領の日常生活は、自分を批判する人間を 避け、子供や支持者に囲まれながら、しかし自らの不人気を自覚して謙虚に、 いや、もっと正確に言えば、自虐的なまでに好々爺として生きている姿である。 大統領を辞して帰郷した時、パトリック・ビブというダラス在住の大学生が 「歓迎」のプラカードを作って一枚20ドルで近所に売り歩いたという話を 聞いて、ブッシュ前大統領は大いに感動する。 そして、その学生に電話をする。留守電には「ありがとう」が4度も残って いたという。 「安心できる地元に戻って暮らす事。それがブッシュの願いだった」と語る のは、歴代の大統領を研究しているテキサス大学のブキャナン教授。 そのブキャナン教授は、「ブッシュは異論や反論を楽しんで聞けるタイプでは ない。今は自分がリラックスできる世界をつくる必要性を感じている。だから 自分を批判する人間は招かず少年や支持者だけを招く」と語る。 1月20日にテキサスへ帰郷するに当たり、ブッシュは極めて懸命な選択を したという。最初に降り立つ場所として、間違いなく自分を歓迎してくれる町 ミッドランドを選んだのだ。 テキサス州西部にあるこの高級住宅地でブッシュは育ち、町の有力者は皆友人 だ。妻ローラの出身地でもある。 その一方で、かつてブッシュテキサス州知事の名前は畏敬の念と共に口にされて いたというテキサス州議会で、いまやブッシュの名は禁句同然。きまって否定的な 反応が返ってくるという。時代も状況も一変したのだ。 ブッシュ家に近い地区選出の州議員が前大統領を称える議決案を提出したが、 「水責めなどの拷問」を容認した者を称賛する事はできないという反対にあい、 棚ざらしになったままだという。今のブッシュ本人とどこか似ているという。 自宅に近い小学校にふらりとあらわれたブッシュ前大統領が、「おじさんが 誰か知ってるかい」と尋ねる。一人の生徒が叫んだ。「ジョージ・ワシントン!」。 ブッシュは即座に答えた。「いや、ジョージ・ワシントン・ブッシュさ」。 前述のブキャナン教授によれば、「同時代を生きた人が全員この世を去り、 大統領自身もこの世を去るまで、大統領の完全かつ公平な評価は聞かれない ものだ」ということらしい。 しかしブッシュはまだ62歳。歴史の審判を待つのはつらい。なにしろ元気 いっぱいだ。 前述の小学校を再び訪れたブッシュは、生徒の親から学校行事のお化け屋敷に 参加しないかと誘われてこう答えたという。 「ああ、私ならいい幽霊になれそうだよ」・・・ こういう文章を読むと、なぜか私はブッシュ前大統領を許したくなる。もちろん イラク攻撃によるおびただしい犠牲者と中東の混乱を思うと、決して許せない のだけれど。 それにしても、大統領を辞した後のブッシュ氏に対して、一瞬であるとしても 、許せる、と思うこの感情が、小泉元首相に対してはまったく起こってこない のは何故だろうか。 それは私の小泉元首相に対する個人的な好き嫌いの感情からくるものだけ ではない。 ブッシュ前大統領のような自覚が、小泉元首相からはまったく感じられない からだ。アラセブンティになっても、引退しきれない俗物さを小泉元首相に 感じるからだ。 人間は、最後は孤独と向き合って、無になって死んでいく勇気を持たなくては ならないと思う。小泉元首相はそれに気づいて十分な年齢である。 ──────────────── 天木直人のメールマガジン 2009年6月12日発行 第219号 発行者:天木直人 著者ブログ: http://www.amakiblog.com/ 読者の皆様からのメールをお待ちしております。

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