… … …(記事全文7,684文字)Introduction:ゴールデンウイーク真っ只中の5月3日。
この日は言うまでもなく、日本では「憲法記念日」の祝日に当たり、全国各地で護憲派・改憲派による集会やイベントが催される。
東京都江東区の東京臨海広域防災公園、通称・有明防災公園では、「憲法9条を壊すな!実行委員会」を中心とする市民グループらが「2026憲法大集会」を開催し、「憲法改正反対」「戦争反対」を訴えた。
メインステージには、共産党、社民党、れいわ新選組、沖縄の風の主要政治家も登壇。その他にも様々なイベントや企画が用意され、集会は大盛況。主催者発表で5万人もの人々が参加したという。
一方、東京都永田町の砂防会館別館では、「第28回公開憲法フォーラム」が開催され、「待ったなし、憲法改正!」を主張した。
ここには、自民党、日本維新の会、国民民主党の玉木代表、内閣官房参与、大学教授、ジャーナリストらが参集。
フォーラムでは、現行憲法前文にある、
『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』との戦後的平和観について、
『もはや完全に過去のものとなった』
──との文言を含む声明文が発表された。
このように、護憲派と改憲派がそれぞれの主張をぶつけ合う憲法記念日は、もはや日本の政治における一種の“風物詩”となっている。
しかし、その喧騒の下には、厳然たる「事実」が横たわっている。
──それは、日本では「100年経っても憲法改正はできない」という事実である。
もっとも、この言葉を聞いて、護憲派は色めき立ってはならない。
「改憲を阻止した」「平和憲法を守り抜いた」などと勝ち誇るのは、あまりにも早計である。なぜなら、ここには極めて大きな責任問題が存在するからだ。
同時に、改憲派もまた、この現実を単に「護憲派が妨害しているからだ」と片付けるべきではない。
憲法改正が進まない理由は、護憲派の硬直性だけにあるのではない。むしろ、改憲派自身の議論の粗さ、政治への不信、そして自民党の覚悟の欠如もまた、深く関わっている。
本稿では、日本における改憲論議の本質と責任問題、そして「100年経っても憲法改正ができない理由」について考察する。
