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Introduction:先日、興味深いリクエストを受けた。
某大学経営学部のゼミで「デジタル社会における誹謗中傷問題」を研究しているという学生から、オンラインでのインタビューの要請である。
きっかけは、配信者として活動していた知人が、心ない誹謗中傷によって精神的に追い詰められ、活動にも支障をきたしたことだったという。
「同じような被害を受ける人を、少しでも減らしたい」──そんな思いから研究を始めたそうだ。
そして昨日、約一時間にわたり、これまで経験してきたことを率直に話した。
言うまでもなく、誹謗中傷は慎むべき行為ではあるが、学生たちに一番伝えたかったのは、もっと別のことだった。
「誹謗中傷をする人には、驚くほど共通した行動パターンがあるのです」
そう切り出すと、学生は目を輝かせた。
その真剣な様子を見ながら、改めて思った。この「行動パターン」というテーマは、案外きちんと語られてこなかったのではないか、と。だからこそ、今回このメールマガジンに書き残しておこうと決めた。それが、本稿を書くきっかけである。
筆者はジャーナリストとして活動し、YouTubeやX(旧Twitter)などで発信を続けてきた。その中で、批判も賞賛も、それこそ数え切れないほど受けてきた。
先に断っておきたいが、筆者は批判そのものを否定する人間ではない。むしろ、批判は必要だと考えている。
取材不足を指摘されることもある。事実誤認を教えてもらうこともある。そうした指摘は、時に耳が痛くとも貴重な財産である。健全な批判があるからこそ、発信の精度は上がっていく。
しかし、その一方で、「これは議論ではない」と感じるやり取りも、非常に多かった。
情報発信を始めてから今日まで、YouTubeのコメント欄、Xのリプライ、ダイレクトメッセージ、そして直接届くメール──ありとあらゆる場所で、膨大な量の言葉を浴びてきた。おそらく、目を通したコメントやリプライは、何千、いや優に万を超える。
最初の頃は、その一つ一つに真面目に返信していた。
相手が誤解しているのなら、丁寧に説明しよう。資料を読んでもらえば、きっと分かってもらえるだろう。そんなふうに信じていた。
ところが、何度説明しても、まったく議論にならない相手がいる。
こちらが資料を提示すると、別の話を始める。その話に答えると、さらに違う話題へ飛ぶ。そして最後は、決まって筆者個人への悪口になって終わるのである。
「なぜ、この人たちは議論ができないのだろう。」
しかし、何千件というコメントを繰り返し読み返しているうちに、あることに気付いた。彼らは一見バラバラに見えて、実は同じパターンを、驚くほど忠実に繰り返しているのである。
現在、筆者はその特徴を、七つに分類している。
第一に、論点ずらし。
第二に、責任転嫁(他責思考)。
第三に、比較免罪論。
第四に、わら人形論法。
第五に、デマ・事実の捏造。
第六に、シーライオニング。
そして第七に、人格攻撃である。
もちろん、人間の複雑な行動を、たった七つで説明し尽くせるとは思っていない。筆者は心理学者でもなければ、社会学者でもない。
しかし、少なくとも筆者自身に向けられてきた誹謗中傷や嫌がらせの大半は、この七つのどれかに、きれいに当てはまってしまう!
実際に攻撃を受け続けてきた立場だからこそ、見えてくるものがある。
そこで、このメールマガジンでは、七つの特徴について一つずつ、実際に受けた具体例を交えながら考えていきたい。
ただし、あらかじめお断りしておきたいことがある。
このシリーズは、毎回連続してこのテーマを扱うものではない。筆者の発信は政治や社会の動きに合わせたものが中心だからだ。
この「誹謗中傷者の行動パターン」シリーズは、折を見て、適宜配信していく形をとりたい。次がいつになるかは約束できない、といった位置付けでお願いしたい。
記念すべき第一回のテーマは、「論点ずらし」である。

