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Introduction:21世紀の世界政治を見渡すと、ひとつの強烈な言葉がしばしば登場する。
──「関税(Tariff)」である。
この言葉を現代政治の中心に引き戻した人物こそ、アメリカ大統領ドナルド・トランプだ。
トランプは大統領就任前から、国際貿易について極めて明確な主張を繰り返してきた。
彼の世界観は至極単純である。
「アメリカは長年、外国に搾取されてきた!貿易赤字は敗北であり、関税こそが国を守る武器なんだ!」
この思想は政治的スローガンに留まらなかった。
トランプは2018年、あるツイートの中で自らをこう呼んだのである。
『I am a Tariff Man(私はタリフマンだ)』──すなわち「関税男」である。
アメリカ大統領が自らを「関税男」と称する。これは戦後の自由貿易体制の歴史を考えれば、ほとんど異様とも言える発言だった。
というのも第二次世界大戦後、アメリカは長いこと自由貿易体制の最大の推進者だったからである。
関税を下げ、貿易を拡大し、世界経済を統合する。それこそがアメリカ外交の中心的な理念だった。
しかしトランプは、その流れに完全に逆行した。
中国に高関税を課したに留まらず、同盟国に対してさえ関税を吹っかけ、世界中のサプライチェーンを揺さぶった。
この政策は単なる突飛な思いつきだったのだろうか?
実は、トランプの関税思想を理解するためには、アメリカ経済史を1世紀以上さかのぼる必要がある。
そこには、保護主義、世界恐慌、冷戦、グローバル化、そして中国の台頭へと続く、壮大な歴史の連鎖が横たわっている。
そして、その歴史の流れは遠く離れた日本経済――とりわけ90年代以降の賃金停滞とも密接につながっていたのである。
今回は、この複雑な歴史の連鎖をたどりながら、なぜトランプは関税にこだわるのか?
そして、戦後世界秩序は、なぜ揺らいでいるのかを探っていく──

