… … …(記事全文1,931文字)『月刊文藝』10月号に「愛子天皇は歴史の必然である――明治の皇室典範でも女性天皇は検討されていた」と題する保阪正康氏(昭和史研究家)の論考が寄せられている。
保阪氏はこの8 月15日に高市総理が靖国神社に対し、直接参拝するのではなく、「遥拝」したことを挙げ、これぞ高市氏が持つ戦前回帰のイメージの象徴であるとする。
そんな高市政権のもと成立した改正皇室典範はとてもではないが現代にそぐわないものであり、男系男子による皇位継承などその最たるものだという(この段階で断っておくが、皇統は男系男子でつながないと意味をなさない。父方をたどると神武天皇につながるのが男系で、そうでない継承をすると皇統の断絶を意味するのである)。
国民や皇族方の意見を聞かず、多くの国民が望む愛子天皇への道を閉ざした今回の皇室典範改正は「天皇と国民の回路を踏みにじり、国民の天皇への敬意を失う可能性」すらあるという。
保阪氏の論考には突っ込みどころ満載であるが、特にひどいミスリードが、サブタイトルにある「明治の皇室典範制定でも女性天皇は検討されていた」だ。
確かにそうなのだが、草案段階で提出されたものの、直ちに重大な問題点が指摘され、以後議論されなくなったのに、と思いながら読んでいくと、最終段階に至ってようやく、明治の皇室典範の草案である皇室制規の「皇族中男系絶ゆるときは皇族中女系を以て継承す」という件が登場する。
これに対しては宮内省図書頭であった井上毅が直ちに猛反対している。
なぜなら、皇位の女系継承とは女性天皇と結婚相手の男性の間に生まれた子が即位することであり、王朝はその男性の家に変わってしまい、皇統が途絶することを意味するからだ。
女系継承にはそのような大変な問題点があるため、登場したのは先の「皇室制規」のみだ。
にも拘わらず保阪氏は、明治の草案にも登場したくらいだから今日の皇室典範改正でも検討されて当然とでも主張したいようである。

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