… … …(記事全文1,997文字)「さす九」と聞いて何のことかおわかりだろうか。
「さすが九州」の略で、九州の男尊女卑文化を揶揄するネットスラングである。
実は昨年に一度大きな反響を呼んだのだが、この夏再度話題になっているのだ。
九州ではとにかく男が威張っている。
風呂に入る順は男優先、ご飯を食べる場所が女は台所、家長や長男はおかずが一品多い、家事全般を女が担当し、男は食器を片付けることさえしない、女に学歴は必要ない、などだ。
ネットでの反応としては、九州出身の女性が家庭や職場でいかに屈辱を味わったかが語られる一方で、九州男児からは「実は女性に優しい」という反論も現れた。
しかしながら繁殖という生き物として最大の課題において人間も、女が男を選ぶという大原則に変わりがない。
それは一回の繁殖によりエネルギーを注ぎ、拘束時間も長いほうがそうでないほうを選ぶという図式ができあがるからである。
一回の繁殖に投入するエネルギーが少なく、拘束時間も短い男はどうしても供給過剰となり、あぶれる側に回る。
よって女が男を選ぶし、女はどうせ繁殖するからにはと、じっくりと男を選ぶ。
そのような原則からは、どんなに男が威張っており、どんなに男が日常的に優先されようとも、本質的には何の意味もなさない。
物事の最終的な決定権は女にあるのだ。
九州などの男尊女卑はごく表面的なことであり、根底では女が主導権を握っているはずだというのが私の一貫した見方である。
そんなわけで私は1980年代以降、九州出身の、特に女性に出会うたびに、男尊女卑の実態について聞き取り調査をしてきた。
それによると、男尊女卑はあくまで表向きのことであり、家庭外や家庭内にお客さんがいるとき限定。
家庭内やお客さんのいない状況では女のほうが圧倒的に主導権を握る。
男尊女卑は、女が男をおだてることで、男を自分の都合のよいよう操作するための手段だ、というのがだいたいの結論だった。
男尊女卑が実は女を苦しめる手段ではないことは、2014年に慶応大学と広告代理店の博報堂が共同で行った幸福度調査によっても検証することができる。

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