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私が人に自慢できる数少ない特技としてこういうものがある。
誰かに数分間でもしゃべらせれば、その人の学力をかなり推定できる、まだ受験勉強をする前であってもその生徒が志望校に受かりそうかどうか、かなり正確にわかるというものだ。
大学から大学院にかけての約10年間、家庭教師や塾の先生のアルバイトで必死に食いつないだ結果身に着けた特技だ。
特に意識はしていないのだが、相手のしゃべり方、特に言葉の選び方、説明の仕方がいかに論理的か、聞いている人間を退屈させないよう気を使っているか、聞いている人間が自分の発言内容を理解したかどうかを確認しているかどうか、そして全体的に醸し出される雰囲気、などといったことを無意識のうちにチェックし、総合的に判断しているのだと思う。
ちなみに悠仁親王殿下が高校に入学された際、報道陣のインタビューにお答えになる様子を見て私が思ったのは、まさしく殿下が筑波大学附属高校という最難関の学校にふさわしい学力をお持ちだろうということだ。
これだけは自信がある。
今回なぜこんな話題になったかというと、5/2付けGigazineのニュースで「知能の高い人は『他人の知能』もより正しく判断できるとの研究結果」が現れたと報じられたからだ。
ここで注意しなければならないのは、私が得意なのは他人の学力を推定することであり、他人の知能ではないということだ。
確かに学力と知能はかなり強い相関があるはずだと思う。
知能が高くなければ学問的興味もわきにくいし、学問に要求される論理的推理能力などは知能そのものと言ってもいい。
しかし学力=知能ではない。
実際私は学力についてはかつてかなりあるほうだったと思うが、知能については今も昔もはっきり言って自信がない。
誰でも容易にわかるようなことが即座にはわからないし、何かを理解するのにもどうでもいいようなところで何度もつまずき、全体像を理解するのに非常に長い時間を要してしまう。
今から20年以上前、長いつきあいのあった若い男性担当編集者がふとこう言った。
「竹内さんてさあ、頭、悪いじゃないですか」
その通り!よくわかっているじゃないの。
彼は開成中・高から東大の秀才であり、まさに今回の研究である、知能の高い人は他人の知能もより正しく判断できる、を地で行く人である。

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