… … …(記事全文2,725文字)『昭和の風雲児 後編』(石原慎太郎著・946円・新潮社)
シンガポールが陥落した年に、子どもたちに軟式のテニスボールが1個ずつ配られた。
この時が戦のピーク。
1943年、石原一家は小樽から神奈川県逗子市に引っ越した。父親が日本郵船小樽支店長から本社総務部勤務になったから。逗子の近くには横須賀という軍港があり、米軍は戦後利用価値も考えて攻撃せず、逗子と鎌倉は攻撃されずにすんだ。
ある時、米軍の戦闘機が飛んできて機銃射撃を小学生に向けてやりだした。逃げ回っている相手が子どもであることはだれにでもわかる。まるで兎狩りのように攻撃を受け、そのせいで仲間の一人は足を打たれ一生の障害を抱えることになった。


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