… … …(記事全文3,134文字)「星条旗の下の宰相たち 後編」(佐藤章著・2200円・五月書房新社)
サンフランシスコ講和会議出席を嫌がる吉田茂を翻意させたのは、昭和天皇でした。
登校拒否児のように行きたくない、とダダをこねる吉田の姿は全くイメージとは異なります。
マッカーサーが厚木基地を降り立ってから1カ月。9月27日午前10時に昭和天皇と会見します。
それから4日後の10月1日、マッカーサーは部下の准将ボナー・フェラーズから昭和天皇を無罪とする報告を受け取りました。
もし天皇が戦争犯罪者となれば政府の機構は崩壊、大規模暴動が避けられなかったでしょう。そうなれば、大規模な派遣軍と数千人の行政官を必要とする事態になります。そういうメモをフェラーズはマッカーサーに渡しています。
日本占領の最高意思決定機関は極東委員会=FECとなる。1949年2月26日にワシントンに設置するという発表がありました。その権限の中には憲法改正ももちろん含まれています。
ソ連をはじめ、オーストラリアやニュージーランド、カナダ、オランダなど、天皇制に否定的な国々もたくさん含まれていました。


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