… … …(記事全文2,718文字)「占領下の日本 カラーフィルム写真集 後編」(衣川太一著・編集・3080円・草思社)
テレビに押される60年代まで、映画は娯楽の代表でした。ピークが1958年・昭和33年。年間動員が11億人でしたから、当時の人口ですと赤ちゃんから年寄りまで毎月1本ずつ見ていたことになります。
各映画会社がプロ野球チームを持ってたほどですから。いかに儲けていたかがわかります。いまや、日産はサッカーチームを身売りしなくちゃならないし、鉄道会社もたくさん手放しましたよね。
毎週、新作を公開する封切り映画館だけでなく、どの街にも再上映再々上映の2番館3番館まで数多くあったのです。
活況を呈していた炭坑では、5つくらいの映画館は当たり前。
国産の本格的な劇場用カラー映画『カルメン、故郷に帰る』(木下恵介監督・高峰秀子主演)が公開されたのはまだ植民地だった1951年でした。その後も、しばらくはほとんどの映画が白黒でした。
黒澤明監督『七人の侍」の公開は占領解除から2年後の1954年4月。丸い劇場に大きな看板に興味を惹かれたのでしょう、この映画の写真がたまたま映り込んでいます。特徴的な形をした有楽町の日本劇場。撮影するには格好の被写体だったんでしょうね。
ほかにもたくさんの外人さんが撮影していたとか。
著者のコレクションで非常に珍しいものの一つに、東宝が帝国劇場で上演した「コミックオペ
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