… … …(記事全文2,745文字)「旧皇族の宗家・伏見宮家に生まれて-伏見博明オーラル・ヒストリー 前編」(伏見博明著・2640円・中央公論新社)
皇族から一民間人へ。それは「二重の人生」だった――。
祖父で軍令部総長を務めた伏見宮博恭王の家庭での姿、広い邸と家族一人ずつの別荘、親と離ればなれの教育、幼い頃からの公務、皇太子(現上皇)との日光疎開、皇籍離脱、米ケンタッキーへの留学、外資系企業の営業、菊栄親睦会、そして「皇族」への思い……。
90歳を前になお鮮明な記憶が紡ぎ出す数奇な物語。貴重な写真も多数収載。
伏見宮博明王(ふしみのみや ひろあきおう、1932年〈昭和7年〉1月26日-)は、日本の旧皇族。伏見若宮博義王第1王子。伏見宮第26代当主。公式には重複を含めない伏見宮第24代当主。
1947年(昭和22年)の皇籍離脱後の氏名は伏見博明さん。日本文化振興会総裁。新日本美術院総裁。国際学士院総裁。モービル石油(現在のENEOS)及びPMインターナショナル顧問。
終戦時点で存在していた14宮家当主の中で唯一の存命者。
「人は急に、宮様になれと言われてなれるものではない。皇室や皇族のことは知らない人が多くなっているように思われます。
もしあのまま宮様だったら・・・今頃どうしているだろう? さすがに海軍トップになって戦


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