━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「植草一秀の『知られざる真実』」 2012/03/11 震災から1年経ち政府が明確に判断すべきこと 第163号 ──────────────────────────────────── 2011年3月11日、午後2時46分、最大級の地震が東日本を襲った。 次いで、巨大津波が押し寄せた。さらに地震と津波ですべての電源を失った東 京電力福島第一原子力発電所が放射能事故を引き起こした。 地震、津波、核暴走は、未曽有の被害をもたらした。 死者・行方不明者は関連死を含めて2万人を超えた。全半壊した家屋は38 万戸以上、いまなお、34万人以上の人が全都道府県に散らばって避難し、1 1万7000人が仮設住宅に暮らしている。 いまだに、学校施設を利用した避難所で、十分な寝具もなく暮らす人も多数 存在する。 1年の時間が経過したが、復旧・復興は遅々として進まない。 3.11を境に時代は変わったのに、まだそのことに政府が気付かない。 最大の象徴は、計画停電と前のめりの原発再稼働姿勢、そして巨大増税提案 だ。 政府はやるべきことをやらずにやるべきでないことを推進している。 原発事故が発生したとき、政府がまず行わねばならなかったことは、住民の 避難である。3月11日の夕刻には、メルトダウンの可能性がはっきりと認識 された。 圧力容器、格納容器内の圧力を低下できなければ、水素爆発、水蒸気爆発が 発生することが予想された。 この可能性を考慮して米国は、在日米人に対して、原発から80キロ圏外へ の避難を勧告した。 これに対して、日本政府が避難指示を出したのは、わずか3キロ圏内の住民 に対してだけだった。 ベントの実施ができずに10キロにエリアを広げ、翌12日に水素爆発が起 きて初めて避難地域が20キロに拡大された。 理由はカネである。避難エリアを大きく取れば政府の費用負担が増える。こ… … …(記事全文6,507文字)
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植草一秀(政治経済学者)