□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2011年9月14日第641号 ■ ============================================================= 前田武彦の共産党バンザイ事件は今では起こり得ない ============================================================= 前田武彦が82歳でなくなったのは8月5日であった。 もはや彼が大橋巨泉と並んでテレビの人気司会者であったことを 知っている世代は少なくなっただろう。 だからこのブログは彼の現役時代を知っている世代の読者に向けて 書いている。 彼が死んだ時、それを報じる記事の中で、彼が共産党シンパで、それ 故にテレビ番組から降ろされた事があったと書いた記事があった。 私は、その記事を、そんな事があったのか、彼は共産党シンパだったのか、 共産党シンパだけで番組を降ろされるなどという時代もあったのか、と 思って読んだ。 そしてそのままその事を忘れていた。 9月13日の日刊ゲンダイが「プレイバック 芸能スキャンダル史」の 中でその事を思い出させる記事を掲載していた。 すなわち今太閤ともてはやされた田中角栄内閣にかげりが見え始めた 1973年6月17日、革新勢力が躍進するなかで大阪の参院補欠選挙が 行なわれた。 2年前には黒田革新知事が誕生し、前年の総選挙では大阪全6区で 議席を確保した共産党は、160人の国会議員を補選の前日に大阪に送り 込む熱の入れようだったという。 選挙は激戦だった。インフレ退治に失敗し、国民にソッポを向かれ始め た田中角栄にとっては議席の死守は最重要課題だった。 投票日の夜遅く、23時ちょっと前、フジテレビの人気歌番組「夜の ヒットスタジオ」のエンディングテーマが流れ出した時、司会の前田武彦 が突然、両手を高くあげて、「バンザーイ、バンザーイ」と繰り返した。 出演者やスタッフ、視聴者は何のことか分からず、キョトン。 実は投票日の前日応援に駆けつけていた前田は「当選したら月曜日の生放送 中に何かやりますから」と約束していたのだ。 しかしバンザイとは言っても共産党の名前を出したわけではない。 前田は「数字のとれる司会者」との評価が定着している。夜のヒット スタジオ」の現場は「おとがめなし」に傾いていた。 ところがそれから一月ほどたって女性誌が「共産党バンザイ事件」と報じ、 それがフジ鹿内信隆社長の耳に入り激怒する。超ワンマンの鹿内社長の命令 には誰も逆らえず、コンビの芳村真理とともに降板となる。 前田にとって不幸だったのは話がフジだけで済まなかったことだ。他局の 番組からも次々と降板させられ、画面から姿を消したという。 これが日刊ゲンダイが伝えるマエタケ共産党バンザイ事件の概要である。 それにしても隔世の感だ。 73年6月17日の大阪補選は一議席を争う国政選挙で共産党が自民党を 破ったのだ。 共産党が恐れられていたのだ。 いまでは共産党議員が与党議員との一騎打ちで勝つことなどありえない。 共産党支持者だからといって誰も関心を持たない。 共産党バンザイ事件は、今の世の中では決して起こらない。 私は共産党支持者ではないが、一億総保守化した今、共産党の弱体化は 淋しい限りだ。 了 ──────────────────────────────── 購読・配信・課金などのお問合せやトラブルは、 メルマガ配信会社フーミー info@foomii.com までご連絡ください ──────────────────────────────── 編集・発行:天木直人 ウェブサイト:http://www.amakiblog.com/ 登録/配信中止はこちら:https://foomii.com/mypage/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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