□■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン 2010年4月3日発行 第100号 ■ ───────────────────────────── 田英夫さんを偲ぶ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ このメルマガを今年に入っての第100回目としたい。 発売中の週刊新潮4月8日号の巻頭グラビアの一ページに、去る3月25日に行われた 「田英夫さんを偲ぶ会」の写真が掲載されていた。 その写真は、来賓の菅直人民主党副首相が挨拶をしている時に、やはり来賓の一人である 楢崎弥之助氏がそっぽをむいておしゃべりをしているというものである。 タイトルは「国会の『爆弾男』に無視された『菅直人』副総理」というものだ。 その写真の解説は、いまや総理目前と言われている菅氏も、楢崎氏にとっては、「まだヒヨッコ」 と言わんばかりだ、と皮肉っていた。 菅直人氏が落選につぐ落選のあと、やっと1980年に衆院で初当選したのは、田英夫氏が社民連 の代表、楢崎氏がその書記長の時だったのだ。 この種の週刊誌の解説は、ある種こじつけのものが多い。楢崎氏はたまたま一瞬顔をそらせてとなりの 人とおしゃべりをしていただけであり、解説に書かれるような意図があったわけではなかったに違いない。 菅氏にとっては意地悪な記事だ。 しかし、その後に続くグラビアの解説は鋭かった。 「それにしても、タイミングの悪い集まりであった。ハト派の論客として反自民の姿勢を貫いた人 (田英夫)の偲ぶ会だけに、現政権のそうそうたる顔ぶれが会場には揃った。菅副総理の他に、 横路孝弘衆院議長、江田五月参院議長、さらに福島瑞穂少子化担当相(社民党党首)といった 面々である。が、目下この政権は普天間移設問題・・・で迷走につぐ迷走・・・菅副総理は、 「『こういう形(政権を取ったこと)になれるとは。つまり衆参両院議長が横路さん、江田さんで、 私自身も重い肩書きをいただく形になりまして』とちょっと自慢げに挨拶したものの、政権としての 晴れがましい成果は何ら報告できなかったのである」 普天間基地問題の迷走の原因はもちろん鳩山首相の指導力のなさにある。 しかし本当の理由は、民主党政権に入り込んだかつての大物護憲議員や、その民主党と連立を組んで権力 のうまみを味わう護憲政党の党首らがその政治家生命をかけて本気で沖縄から基地をなくそうと行動 しなかったからではないのか。護憲より政権欲、保身欲を優先するからではないのか。 私は晩年の田英夫氏とわずかばかりの交流を持つ事があった。そのよしみで田英夫氏の側近の方から今回の 「偲ぶ会」へ来ないかとお誘いを受けた。 それを私は丁重にお断りした。もはやいまの私は人の多く集まるあらゆる社交の場から離れようと決めて久しい。 そのわがままを率直に説明して了解をいただいた。一人手を合わせて田英夫氏を偲ぼうと決めた。 しかし、本当の理由はこれら大物護憲政治家といわれている議員たちの姿を見たくなかったのだ。 そのいずれの議員とも平和集会などで顔を合わせている。彼らは護憲政治家と言われている。しかし彼らは 田英夫氏に合わす顔があるのか。 田英夫氏は宇都宮徳馬氏とならんで本物の護憲政治家であった。平和を他のなによりも大事にする政治家だった。 いまそのような政治家はいない。 この週刊新潮の記事を見て、私は田英夫さんには申し訳ないと思いつつ、「偲ぶ会」を辞退してよかったと思った。 _________ 天木直人のメールマガジン 2010年4月3日発行 第100号 お知らせ 3月5日に収録された植草一秀さんとの対談がFM福岡で放映されています。 鳩山政権の評価が微妙に食い違っているところが注目点です。本当はもっと違うのですが そこは私らしくなくオブラートに包みました。 興味ある方は以下のサイトを参照してください。 http://www.768.jp/ondemand/list/vod.php?vod_id=163

新しいコメントを追加