□■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン 2010年3月22日発行 第83号 ■ ───────────────────────────── 生方幸夫氏の小沢批判について思う ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 生方幸夫民主党議員の小沢幹事長批判が格好のメディアネタになって連日報じられている。 小沢シンパや民主党支持者は生方氏を激しく批判し、反小沢派や自民党はここぞとばかりに 物言えぬ小沢強権体質を取り上げて民主党攻撃に利用している。 そのような政局がらみの低次元の争いから離れ、人間ドラマとして今回の生方反乱を 眺めてみると、様々な事が見えてくる。 権力に楯突いた事のない者には決してわからない事であるが、今回の生方氏の小沢批判は、 もの凄く勇気のいる言動である。 私は生方氏という政治家をまったく知らない。今回の小沢批判にどのような思惑や背景が あるかは知らない。 しかし、どのような事情があるにせよ、時の権力者をここまで正面から批判した事だけで、 私は生方氏を応援したくなる。 権力者はいつも強く、卑劣である。「お前は首だ」とすぐには言わない。自発的に辞める ように仕向ける。 いきなり首を切って返り血を浴びる事を避けるためだ。世間の批判をかわすためだ。 そしてその辞任勧奨に応じなければ、「それでは辞めてもらうしかない」となる。 私の場合もそうであった。お前は辞めるつもりだな。その覚悟で反対意見を述べたのだな、 と言われた。自発的に辞めてくれ、といわんばかりだった。 普通の人間ならそこで泣き寝入りするところだ。私もそうするしかないと一瞬思った。 しかしどう考えても自発的に辞める理由はない。 何も悪い事をしていないのになぜ辞めなければならないのか。法を犯すほど悪い事をして いながら見逃され、さらには出世していく、そんな連中がたくさんいるのに、なぜ自分だけ が辞めなければいけないのか、そう私は考えた。 振り絞ってその言葉を口にした。 生方氏の反論はそんな当時の私を思い起こさせた。 秘書三人も逮捕させた者が何の責任も取らないままで、皆が心の中で思っている事を口に出した だけの私がなぜ辞表を言い出さなければならないのか、おかしくはないか。 生方氏はそう反発し、応酬した。だから副幹事長職を解雇された。 私の場合は、ここまで強く抵抗はしなかった。出来なかった。もはやこれ以上抵抗しても無意味だ とあきらめた。 外務省の要求を飲んで、「免職をみずから依願した」という形式に従った。これを「依願免職」 と言うらしい。 おそらく、どこの職場でも、どこの世界でも、生方氏や私のような人事があまた起きているに 違いない。 少しでもそのような人事を経験した事のある者なら、生方氏の立場に自分の身を重ねて共感を 覚えるであろう。 その一方で、そのような経験をしたことのない者や、人事権を行使して人を解雇する強い立場に あり続ける者にとっては、生方氏や私のような者は異端児だと一蹴することになる。 今回の生方氏の言動について、中立的な立場を装いながら、次のように突き放した発言をする者 たちも、保身や計算をめぐらす強者側に立つ者たちだ。 「批判するのは結構だがやり方がある。いきなり外に向かって批判するのはおかしい」、 「文句があるのなら内部で言えばいい。それでダメなら上司に直言すればよかった」、 など、など。 それらは一見もっともらしく聞こえる。 しかし、少しでも考えれば誰でもわかる。内部でいくら声をあげても相手にされない。 握りつぶされる。 本気で権力者の間違いを正そうと思えば、外部に向かって訴えざるを得ない時は確かに あるのだ。 ましてや上司に諫言する機会など容易に得られるものではない。たとえその機会に恵まれた としても、諫言を素直に聞く権力者はいない。怒りを買って首を切られるのがオチだ。 因みに私の場合は内部批判であった。決して公に小泉批判をしたわけではない。 私が公然と小泉批判、外務省批判をはじめたのは、外務省を解雇されてからの事である。 さらに言えば、私は外務省を解雇されたが、生方氏は副幹事長という職を解かれただけで、 決して民主党議員の資格を剥奪されたわけではない。ましてや国会議員の身分を失う事はない。 そこが一般人との違いだ。一般人はこのような発言をすれば一巻の終わりである。 その一方で、今回の生方氏の言動は、私など足元にも及ばないほどの覚悟がある。 大騒動になった後もテレビに出演し続け、ためらうことなく自分の正しさを主張する。 あるいは街頭に出て小沢批判を繰り返す。 私にはとてもそこまでの度胸はなかった。 国家権力と官僚組織の怖さを知っている私は、これ以上権力批判、外務省批判を繰り返すと 今度こそ潰されると考えた。 メディアに利用されて自分を貶める事になると考えた。 結果として泣き寝入りしたのだ。 そういう自分に比較して、生方氏は物凄いと思う。 もっとも、それが生方氏にとって吉と出るか凶と出るかは今後の情勢如何だ。 生方氏は追い込まれる事になるかもしれない。 一時的には勇気ある者ともてはやされる事はあっても、最後は誰も骨を拾ってはくれない。 何事もなかったかのように舞台は次の局面に移り、そしてやがて忘れ去られていく。 反逆者、告発者という者の末路は常に悲惨であることを歴史は教えてくれている。 あれほど小沢批判をしていた前原、仙谷などという反小沢派の急先鋒が、生方氏の反乱に よそよそしい。なぜか。 彼らが小沢擁護派に回ったわけでは決してない。それどころか反小沢の思いは強まるばかりだろう。 民主党内の反小沢の流れを見極めているのだ。 反小沢の流れが固まれば表に立つ、そういう計算で生方反乱の行方を様子見をしているとすれば、 あまりにも姑息だ。 しかし世の中にはこのような利口者がばかりがなんと多い事か。 これも私の場合と同じだ。 米国のイラク攻撃を批判し、その米国を支持した小泉首相は間違っていると思っていた同僚は 少なからずいた。だが、誰一人として私に同調する者は出てこなかった。 その事に文句を言う積もりはない。それが現実なのだ。世の常なのだ。 しかし最後に一言だけ言っておく。 外務省組織が崩壊の一途を辿っていったのはあの時からであると私は確信している。 生方氏が捨石のごとく忘れ去られていくとしても、もはや鳩山・小沢民主党政権の再生はない。 後で振り返ったとき、生方氏の小沢批判が鳩山・小沢民主党の終わりのはじまりだった、と 語られる時が来ると私は見ている。 _________ 天木直人のメールマガジン 2010年3月22日発行 第83号

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