□■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン 2010年1月6日発行 第6号 ■ ────────────────────────────── 北方領土問題は日本と英米との外交問題でもある ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 1月6日の産経新聞に私の関心をひきつけた重要なスクープ記事があった。 その記事は、戦後の世界構図を決めた米英ソ首脳によるテヘラン会談(43年)、ヤルタ、 ポツダム会談(45年)などの首脳会談で、チャーチル英首相の通訳をつとめたヒュー・ ルンギ氏(89)との単独インタビューの記事である。 その中で私が注目したのは、ヤルタ会談の模様を語るルンギ氏の次のような言葉だ。 「極東問題はルーズベルトとスターリンの二人で話し合われ、チャーチルは署名に応じた だけだった・・・ スターリンはルーズベルトに『千島列島は日本が第二次大戦で占領した領土の一部だ』と デタラメの説明をした。 ルーズベルトは、千島列島が日本の領土になった歴史的経緯を正確に示した米国務省の 資料に、目を通していなかった・・・ 千島列島は1875年の(千島・)樺太交換条約ロシアから割譲された日本の領土で、 (ソ連への)引渡しは国際法上の誤りだ・・・ (ルーズベルトは)見るからに調子が悪そうだった。顔はろうのように黄色かった。顧問団 から多くのメモを受け取り、質問に答えるのを助けてもらっていた・・・」 このルンギ氏の発言は、当時の史実を知らない日本人にとっては驚きに映ることだろう。 実際のところ通訳をしたルンギ氏自身も当時は何も知らなかったらしい。ヤルタ協定の存在 や米ソ首脳のやり取りを知ったのは戦後何年もたってからだと自ら認めている。 しかしソ連の対日参戦と引き換えに千島列島と南樺太の返還を決めた密約は、実はヤルタ会談の 前から決まっていたのだ。 それはソ連(ロシア)の戦略というよりも、むしろアングロサクソンの対日戦略であったのだ。 この事を、例えば孫崎享氏はその著書「日米同盟の正体」(講談社新書)の中で、グロムイコ 元ソ連外務大臣の回顧録の言葉を引用して次のように教えてくれている(「グロムイコ回顧録」読売新聞社)。 「・・・ヤルタ会談に臨む前に、米側からスターリンに英語で書かれた緊急の書簡が届いた。 『米国はクリル(千島)列島についてソ連の領有権を承認する』と言ってきた。スターリンは喜び、 『米側は、次はソ連の(対日)参戦を求めてくるぞ』と言った・・・」(77頁)。 北方領土問題はもちろん千島列島帰属問題とは異なる。しかし北方領土問題と密接に関係している。 そしてこの北方領土問題が今日まで解決できない大きな理由こそ、米・英の日本・ソ連(ロシア) 分断戦略にあるのだ。 その事をやはり孫崎氏は「日米同盟の正体」の中で次のように教えてくれている。 「 ・・・日本に放棄させる千島列島の範囲を曖昧にしておけば日本とソ連は永遠に争う事になるだろう (在京英国大使館発英国本国宛極秘電報)・・・うまくいけば、北方領土についての争いが何年間も日ソ 関係を険悪なものにするかもしれないと彼ら(米外交官ジョージ・ケナンとそのスタッフ)は考えた(マイケル シャラー・アリゾナ大学教授著 日米関係とはなんだったのかー草思社)・・・」(79頁)。 北方領土がいつまでたっても日本に帰ってこないのは、ロシアの問題とともに、アングロサクソンの 日ソ分断戦略があったのである。 そんな現実に目を塞いで、日本とアングロサクソンとの軍事同盟は永遠だと叫び続ける日本の指導者たち。 国民は、徹底した情報公開の中で、この国の政治家と官僚に独占されてきた外交を自らの手に取りもどし、 日本のための自主・自立した外交を求めていかなければならない。 ______________________ 天木直人のメールマガジン 2010年1月6日発行 第6号

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