ロシアとウクライナは兄弟国ではないのか。最近、この種の問題をテレビ報道で聞くことが多い。兄弟国という語に厳密な定義があるわけではないが、われわれの通念と表象では、例えば、豪州とNZの関係がその典型例として当て嵌まりそうである。ドイツとオーストリアも同じドイツ語圏なので兄弟国と言えるかもしれない。が、ドイツとオーストリアの関係と比較すれば、ロシアとウクライナの方がはるかに兄弟国の関係の条件を満たしていて、言わば親戚同士としての血縁が濃いと言える。 (1)言語が類似していて(氏名も相似)、(2)同じキリル文字を使い、(3)東方正教会の宗教が同じで、(4)東スラブ民族という民族のカテゴリーが同じである。何より、(5)キエフルーシを自らの国家の原点として共通に位置づける国だ。(1)から(5)、歴史的文化的にこれほどの共通点を持っている国同士というのはあまり例がない。分離したチェコとスロバキアくらいだろうか。二国が仲がよければ兄弟国であると自他共に認めてよい関係なのである。だが、今はウクライナ側から両者の相違ばかりが無闇に強調され宣伝されている。 テレビを見ていたら、ウクライナの駐日大使が登場し、ロシアとウクライナが兄弟国の関係だというロシアの主張は、ソ連が言っていたことで意味がないのだと切り捨てていた。この主張はあまりにイデオロギー的なバイアスが極端で、学問的な説得力がなく、世界史を学んできたわれわれには受け付けられないものだ。だが、どうやら今のウクライナは、明らかにロシアとは断絶した自己認識を持とうとしていて、ロシアとは歴史的に無縁に発展してきた国だという自己主張をしている。それがどういう歴史認識なのか興味深く、中身を探ってみることにした。 まずその前に、われわれにとっての教科書である森安達也の『ビザンツとロシア・東欧』(講談社)を読み返した。この本は37年前に買って何度も何度も読み返している。前回のクリミア危機のときも読み直した。学者の文章、知識人の説明、とはまさのこれだという記述が並び、うっとりしながら森安達也の歴史世界に没入してしまう。素晴らしい。森安達也は、キエフルーシをキエフロシアと表記している。キエフ大公国はキエフロシアであり、ノルマン人(ヴァリャーグ)がスラブ人を従属させつつキエフに建てた国がキエフロシアだと書いている。「キエフ・ロシアはノルマン人によって成立した東スラブ人の国といってよい」(P.210)とある。… … …(記事全文3,306文字)
世に倦む日日
田中宏和(ブログ「世に倦む日日」執筆者)