今年1年を振り返って締めくくる言葉を考えると、やはり憲法25条が消えたという諦観に行き当たる。日本で今年起きた決定的な事件、歴史に刻まなければいけない重大事件は何かといえば、やはり、コロナ禍に襲われた2年目の夏、重症患者が次々と自宅で棄民死させられた事件だろう。ひなたクリニックが動画を投じた事件である。この問題について8月下旬から5本の記事を書いている。8/25、8/27、8/30、9/13、9/15。今年の記事を代表する1本を選べとなると、8/27 か 9/15 の稿になりそうだ。 第5波がピークにさしかかった8月2日、突然、総理大臣が会見を開き、リスクの高い患者以外は自宅療養を基本とするという政府方針を発表した。事実上、カネとコネのない弱者市民、社会的地位のない庶民は入院治療させないという趣旨の決定であり、冷酷な線引きの通達である。病床など医療資源には限りがあるから、石原伸晃や著名俳優の命は救うが、そうではない虫けらの国民は我慢してもらうという大胆な新方針の提示だった。 選別されて切り捨てられた庶民には、ひなたクリニックのような訪問ドクターがあてがわれた。訪問ドクターと言っても、設備器具を持っているわけではないので見廻り以上はできず、必要な治療や手当などできない。その仕事は、家族を前に患者の自宅死を宣告して納得させることと、せいぜい、死ぬ前日に死亡前提で一日だけその種の「事務処理」をする病院に搬送することだった。テレビ報道では50代の男性と80代の男性が登場した。住居や生活の雰囲気からして2人とも低所得者層に位置する部類だ。 これまで汗水垂らして働いて、給料の中から社会保険料を払ってきて、国民皆保険の制度を支えてきた日本国民である。だが、線引きされて入院治療を拒絶された。柏の妊婦に至っては訪問ドクターのサポートもなく、保健所が電話を繋いだり切ったりするだけで、赤ちゃんの命が酷薄に切り捨てられた。こうした悲劇が各地で頻発し、警察発表では8月中に全国で250人が「自宅療養中に死亡」している。その間、テレビでは「東京五輪の熱狂」ばかり放送して騒いでいた。… … …(記事全文3,013文字)
世に倦む日日
田中宏和(ブログ「世に倦む日日」執筆者)