□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン 2010年8月16日発行 第57号 ■ =============================================================== 「国民に背く事は断じてしない」という尾崎秀美(ほつみ)の言葉 ================================================================ 今年もまた8月15日を迎え、NHKや大手新聞の報道は太平洋戦争の反省と 鎮魂で埋め尽くされている。 しかし私の心には響かない。 なぜか。 それはこれらメディアの特集報道が過去の戦争のことばかりを報じ、現在の 戦争について一言も語らないからだ。 戦時中は戦争を煽っておきながら、その責任を取る事もなく、戦後は一転して 日米軍事同盟という名の戦争協力から目をそらしているからだ。 そのような日本のジャーナリズムの欺瞞を厳しく問う秀逸な特集座談会録が、 月刊マスコミ市民8月号において掲載されていた。 そしてその事について私は8月2日のメルマガで書いた。 しかし、そのメルマガで私が言及しなかった事がある。 それは対談者の一人である桂敬一氏(ジャーナリスト・元東大教授)が語って いた次の言葉である。 「・・・ゾルゲ事件の一味として処刑された尾崎秀実(おざきほつみ)は、 日中戦争をやめて、対米関係も改善したいという気持ちがあった。また、アジア が自立していくためにはソ連邦があった方がいいという歴史認識だった。その 思想のせいでスパイとされたわけです。 だけど彼と同じ朝日新聞の記者である船橋洋一氏は、今は自分の思想を制約 するものが何もない時代なのに、戦後一貫したアメリカ追従主義を信奉しつづけ ています・・・」。 船橋洋一氏と対比する形で名前が出てきた尾崎秀美という65年前の朝日新聞 記者とはどういう人物なのか。 尾崎秀美は共産主義者であることを隠し近衛文麿首相のブレーンとなり、国家 機密情報をソ連のスパイ・ゾルゲに渡し続けた売国奴とされる人物である。 スパイ・ゾルゲといえば私は映画監督の篠田正浩氏が2003年に完成させた 映画「スパイ・ゾルゲ」を思い浮かべる。 篠田監督がこの映画を取り終えれば監督を辞めてもいい、とまで言って作った 文字通り彼の最後の映画だ。 篠田監督をそこまで突き動かしたのは何であったのか。 私は三時間に及ぶその大作を近くのビデオ屋で借りて見終えた。 そして映画が終わりに近づいたあるシーンで一つの決定的な言葉を見つけた。 本木雅弘扮する尾崎秀美が近衛文麿首相の側近に身元を疑われた時に答えた 言葉である。 「仮に私が国家に背くことになったとしても、日本国民に背く事は断じて しない・・」 尾崎はそう言って米国に追い詰められた当時の為政者たちが無謀な戦争に 突き進む事を死を覚悟で阻止する決意を述べるのである。 終戦65年の今、この国の指導者に決定的に欠けているものは何か。 それは、「国民に背く事は断じてしない」という基本姿勢ではないのか。 この言葉ほど今の日本の政治に必要な言葉はない。 了
天木直人のメールマガジン ― 反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説
天木直人(元外交官・作家)