□■□■ 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン 2010年5月21日発行 第180号 ■ ───────────────────────────── 裁判員制度の見直しは謙虚に行われるべきだ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今日5月21日は裁判員制度がスタートして1年目であるという。だからどうしても一言書いておきたい。 この制度導入については賛否両論があることは知っている。 私は当初からこの制度導入に反対であった。その理由はいくつかある。 この制度が司法官僚と弁護士などの司法関係者によって国民不在のまま導入されたからだ。 その大義名分が、国民のための司法教育であるというのなら余計なお世話だ。国民の声を取り入れた公正 な裁判の実現であるというのなら、その前にやる事がある。裁判官や検事ら司法官僚の再教育だ。 なによりも裁判員になることを国民に強制することの違憲性だ。裁判員になることを辞退する自由は認め られなければならない。 この点に関連し5月20日の毎日新聞の報道で知った。過去一年間で裁判員の候補者に選ばれた者のうち 52.2%の辞退が認められたという。 ということは辞退を希望した者はもっといたということだ。大多数の者が辞退するような制度は、改められ なければならないと思う。 私はここで裁判員制度を廃止せよというつもりはない。もし裁判員制度を続けていくというのなら、強制から 自由制にするという点も含め、過去一年間の反省に立って、謙虚に国民の声に耳を傾け、正しい改善策が講じられる べきだと言いたいのだ。 それに関連して私がここで指摘したいのは、裁判員制度をめぐる報道の微妙な偏りである。 過去一年私は裁判員制度に関する記事をつとめて注意して読んできたつもりだ。 そこで感じた事は、あまりにも多くの問題点が出てきているにもかかわらず、それらが極力過小評価され、 裁判員制度の良いところばかりが協調されてきた恨みはなかったか、ということである。 メディアは公平たるべきだ。多くの情報を客観的、公正に流し、その判断を国民に委ねるべきだ。 司法官僚や司法関係者が、反国民的な思惑でこの制度を導入したのなら論外であるが、仮に善意で導入した としても、それに不備が見つかったら潔くそれらを認め、是正しなければならない。 はたして裁判員制度は存続する価値があるのか。廃止するほどの問題点はないとしても、多大のエネルギーと 予算を講じてまで続けていくメリットはあるのか。 つくった以上面子があってつぶせない。そういうことであってはならない。 裁判員制度施行1年目に問われるのはそこである。 裁判員制度にかかわる報道に求められるのは、司法関係者におもねらない公正な報道である。 ____ 天木直人のメールマガジン 2010年5月21日発行 第180号

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