●日本によるウクライナ支援の法的整理●
ロシアによるウクライナ侵攻に対して、国際社会は開戦から現在に至るまで、各種兵器を提供することにより、ウクライナ側の経戦能力を下支えしています。日本政府も、開戦から間もない3月4日に国家安全保障会議(NSC)を開き、防弾チョッキやヘルメットなどをウクライナへ提供することを決定しました。以降、防護マスクや化学防護衣、各種の車両や食料、発電機などを送り続けています。
こうした支援に関して、一部では「支援=参戦」という意見もみられるところですが、国際法上はどのように評価されるのでしょうか。これを読み解くポイントは「中立法」という言葉です。そもそも「中立」とは、戦争を行うことがまだ違法とされていなかった19世紀以降に発展してきた概念です。戦争に参加している国同士を「交戦国」とする一方、それ以外の国々は自動的に「中立国」に分類され、自国に対して戦争の影響が及ぶことを免れ得る一方で、中立国にはさまざまな義務が課されました。そして、こうした交戦国と中立国との関係を規定したのが中立法です。
中立国に課される義務としては、交戦国の軍隊が自国の領域を使用することを防ぐ「防止義務」、交戦国に対する一切の軍事的援助などを慎む「避止(ひし)義務」(これらを合わせて「公平義務」ともいいます)、そして交戦国が自国に対して合法な形で害を与えたとしてもそれを容認する「黙認義務」の三つが挙げられます。
ウクライナへの支援という観点では、上記の義務のなかでも避止義務との関係が注目されるところですが、実のところ、とくに第2次世界大戦以降は、中立義務のなかでも避止義務や防止義務は必ずしも厳格に順守されてきたわけではありません。これは第1次世界大戦以降、進展した戦争違法化との関係で、戦争をしている国々に関して「違法に武力を行使している国」と「合法的に武力を行使している国」という区別が可能となったことが影響していると考えられています。
もともと、中立法が発展してきた19世紀当時は戦争に訴えることが原則的に禁止されていたわけではなく、そのため戦争に参加している国々の間に合法な側と違法な側という区別はありませんでした。だからこそ、交戦国双方を公平に扱うことを基盤とする中立法が発展したのです。
ところが、2度の世界大戦を経験し、現在の国際法では戦争を含めた一切の武力行使が原則禁止され、例外的に自衛権の行使などが合法な武力行使として認められています。そのため、武力行使に関して違法な側と合法な側という区別が可能となり、これまでのように交戦国双方を公平に扱うことは不合理とされるようになったとともに、合法に武力を行使していると考えられる国を支援する動きが見られるようになりました。
そこで、現在では自国が中立国になるかどうかはその国の任意であり、自国が武力紛争に巻き込まれることを避けるために中立の立場を選択することも可能な一方で、交戦国の片方に軍事的な支援を行いつつも、武力紛争に直接参加するわけではない「非交戦国」なる立場があり得るという主張もなされています。非交戦国という概念は、古くは第2次世界大戦参戦前のアメリカがイギリスに対して武器などを支援していた事例を契機に盛んに議論されるようになりましたが、現在でも学説上の議論が続いています。
一方で、日本政府はこうした中立法に関して、現在の国際法の下ではもはや伝統的な中立という概念は維持され得ないと整理しています。たとえば、ベトナム戦争に際してアメリカ軍が日本の基地を使用していたことに関連して、日本政府はアメリカの行動を合法な自衛権の行使と整理した上で、そのような合法な措置をとっている国に対して基地の提供を通じた支援を実施することは問題ないという整理を行っています。
「戦争があった場合に交戦当事国以外は、いわゆる中立国ということで中立国としての特別の義務を負わなければならない。したがって、その交戦国に対して基地を提供するとか、交戦国の必要とする戦略物資を補給するとかということは禁止されております。これはしたがいまして戦前の戦争を前提とした国際法の概念でございまして、戦後は・・・自衛権の行使として以外の武力の行使は認められない、または国連自体が決定をした強制措置以外・・・は各国がかってに武力を行使することは許されないというたてまえからいたしまして、そのような前提に立ちますと・・・戦前の交戦国あるいは中立国、これとの関連におきまするいろいろの法規の適用ということは、現在はございません。したがって・・・(交戦当事国)以外の国を中立国として中立法規を順守しなければならないというような関係には立ちません。したがって自衛権の行使に対して特定の基地を提供するというようなことは、何ら現在の国際連合憲章のもとで禁止されておる行為ではないというふうに確信しております。」
(第68回国会 衆議院 外務委員会 第11号 昭和47年4月26日 高島益郎外務省条約局長答弁)
また、今回のウクライナへの支援に関しても、日本政府は国内上の制約である「防衛装備移転三原則」などの観点での整理は行っていますが、国際法上の説明はとくになされていません。つまり、日本政府としては、今回のウクライナへの支援については国際法上の問題はないと整理していると考えられます。
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稲葉義泰のミリタリーレポート ─軍事と法から世界を見る─
稲葉義泰(国際法・防衛法制研究家/軍事ライター)