●武力攻撃に至らない侵害への対応●
国際法上、自衛権行使の要件である武力攻撃とは「武力行使の最も重大な形態」であり、規模と効果という基準に基づいて、ある武力行使が武力攻撃にあたるかどうかを判断することになるわけですが、そうなると「武力行使にはあたるけれども武力攻撃には至らない侵害」というものも存在することになります。武力攻撃に至らない侵害の想定例として学説でよく主張されるのは、たとえば国境線における小競り合いや小規模な軍事衝突などです、
これに関して特に問題となったのは、武力攻撃に至らない侵害の被害にあった国は、一体どのような対応をとることができるのかという点です。先述したように、国家が自衛権を行使できるのはあくまでも武力攻撃が発生した場合のみであって、それに至らないような武力行使に対しては、その被害国は自衛権を行使出来ないことになります。
この点に関して、1986年のニカラグア事件判決(ニカラグアの反政府勢力をアメリカが支援し、その合法性が問われた事件)において、国際司法裁判所(ICJ)は武力攻撃に至らない侵害に対してその被害国は「均衡のとれた対抗措置」をとることができると判示しました。国際法上の対抗措置(相手国が先に行ってきた違法行為に対してその被害国がとる措置)には通常武力行使は含まれないため、この均衡のとれた対抗措置に関しても武力行使以外の措置のみが許容されるとの解釈もありますが、しかし、そうなると相手国は武力を行使しているのにその被害国はそれが許されないという問題が生じてしまいます。そこで、この均衡のとれた対抗措置には限定的な武力行使が含まれると主張する国際法学者も存在します。
一方で、日本政府は従来から、武力攻撃に至らない侵害に対しては、それと釣り合うような限定的な武力を行使することが国際法上許されているとの立場を明らかにしています。これが「マイナー自衛権」です。
「マイナー自衛権とは、武力攻撃に至らない侵害に対する自衛権の行使を一般に指すものと承知をしております。そして、国連憲章第51条ですが、自衛権の発動が認められるのは武力攻撃が発生した場合であるという規定があります。しかしながら、政府は、従来から、武力攻撃に至らない侵害に対し自衛権の行使として実力を行使することは一般国際法上認められており、このことを国連憲章が排除しているものではないと解してきております。従来、国会の答弁におきましてもこの立場を維持しております。」(第185回国会 衆議院 安全保障委員会 第1号 平成25年10月29日 岸田文雄外務大臣答弁)
つまり、日本政府は一般国際法(慣習国際法)においてマイナー自衛権が認められており、これは国連憲章においても排除されていないという立場をとっているわけです。このマイナー自衛権について、日本政府では先述したニカラグア事件判決で示された均衡のとれた対抗措置と重なるものとしてとらええていることが伺えます。
「この判決(ニカラグア事件判決:筆者注)におきましては、国連憲章第51条の文言等を根拠といたしまして、自衛権は武力攻撃の場合にのみ行使し得るという指摘があるのは私ども重々承知しております。と同時に、この判決の中に、武力攻撃には該当しないものの、武力の不行使の原則に反する行為が外部からなされた場合には、均衡のとれた対抗措置をとり得るということを認めております。この点を勘案しますと、従来私どもが申し上げていることとこの判決とはあわせ両立し、解釈し得るというふうに考えております。」
「このICJ判決におきましては、この均衡のとれた対抗措置の内容が何であるかということに関しては、非常に注意深い判示をしておりまして、具体的な言及には至っていないということでございまして、私どもとしましては、その均衡のとれた対抗措置の中にいわゆる武力行使というのは含み得る余地は十分あるというふうに考えております。この点に関しましては、学説上も、ICJ判決は、被害国による均衡のとれた対抗措置に武力の行使が含まれ得る旨強く示唆したものであるというような見解もあるところでございます。」
(第143回国会 衆議院 外務委員会 第4号 平成10年9月18日 東郷和彦外務省条約局長答弁)
ただし、現在までにこのマイナー自衛権の行使を想定したような法整備は行われておらず、武力攻撃に至らない侵害に対しては警察権に基づく武器の使用などで対応することとされています。これは、本編で後述しますが、そもそも日本は憲法上許容される武力行使の要件として「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」という規定を盛り込んでいるため、国際法上の解釈としては成り立つものの、憲法上の制約により少なくとも武力行使を伴うようなマイナー自衛権の行使は認められないのです。
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稲葉義泰のミリタリーレポート ─軍事と法から世界を見る─
稲葉義泰(国際法・防衛法制研究家/軍事ライター)