開戦80年のNHKの特集番組は予想していた以上に数が多かった。内容については、昭和天皇の関与と主導性を隠し、あくまで近衛文麿や東条英機や陸海軍に責任を押しつけている点が不満だったが、あの戦争を無謀な戦争だったと結論し、戦争突入の歴史を正しく批判していた点は評価できる。今回のNHKの番組制作の基調は、概ね正論文化人の井上寿一の視角と整理によるものだったと見受けられたけれど、現在の極右一色に染まったマスコミ空間から考えれば、まずまずの仕上がりだと容認できるだろう。 開戦80年を迎えて戦争の歴史を振り返る時機は、台湾有事と対中戦争の危機が迫る情勢と重なった。安倍晋三が中国との開戦を宣言し、過激に扇動する時局と折り合わさるところとなった。少なくない国民が、今の状況と当時の進行をシンクロさせて考えたことだろう。今、まさに日本は大きな戦争の入り口に立っている。その点を考えると、1941年の歴史を検証して「無謀な戦争に突入した」と総括したことは意味があると思われる。開戦に突っ込んではいけなかった。 今回、いわゆる秋丸機関の活動が紹介され、石井秋穂の存在と発言に注目が当たった。陸軍はかなり精密な国力の比較分析を行っていて、英米との総力戦のシミュレーションが数字として上がっていた。冷静に計数を元に国策を決定するなら、当然ながら米国との開戦は避けないといけない。真珠湾やフィリピンへの攻撃は避け、中国大陸からの撤兵に応じないといけない。重慶政府と講和を結び、米国との友好関係を維持する必要があった。そうすれば、満州国は保全できただろうし、日中戦争で疲弊した国内経済を滋養回復することができただろう。 ここからはNHKと井上寿一の歴史認識ではなく、私の視点だが、陸軍と天皇がその判断に出なかったのは、陸軍の面子丸潰れと、撤兵による世論の反発が高じて共産革命の端緒が開かれるという危惧があったことに加えて、41年6月の独ソ戦から始まる欧州情勢の新局面があったことが大きい。軍部と天皇はナチスドイツを過大評価し、期待を膨らませ、米国は欧州方面で苦戦の英国支援に張り付かざるを得ず、アジア太平洋方面で本格的な軍事展開に出ることはないだろうと甘く見ていた。… … …(記事全文3,529文字)
世に倦む日日
田中宏和(ブログ「世に倦む日日」執筆者)