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「1万人を虜にする魅惑のトーク術プレミアム」 ~あなたの愛を実現する真実の方法~

「1万人を虜にする魅惑のトーク術プレミアム」 ~あなたの愛を実現する真実の方法~

「これを読んで人生が変わりました」という声を多くいただいています。

張り裂けそうなあなたの悩みも、たった一編でもこれを読めば、実に驚くほど、軽くなっていくでしょう。

あなたを苦しめる愛の問題、人間関係の問題、人生の問題。

それがまるで糸がほどけるように、スラスラ解決していくでしょう。

「今までどうしてこんなに悩んでいたのだろう」と不思議に思うでしょう。

どこにもないメルマガです。

ぜひ読んでみてください。

発行者:上村英明 価格:540円/月(税込)

 
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     「1万人を虜にする魅惑のトーク術プレミアム」
            ~あなたの愛を実現する方法~

                       第27号

■「好きな人の気持ちを知る方法」です。誰でもできるのですが、
あまりに簡単すぎて、それに気付いていないのです

ウェブで読む:http://foomii.com/00097/2016102510511035687
EPUBダウンロード:http://foomii.com/00097-36312.epub
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今週の目次
───────────────────────────────
1.人生の話 (とてつもない「いい状況」が、あなたにもたらされる話)
2.人間関係の話 (ダーク桃太郎)
3.恋愛の話 (相手の気持ちを詮索すればわけがわからなくなり、
思いやればわかってくる話)
4.気になった出来事 (恐怖の忘年会)
5.愛の一言
6.「心の中の文章」を書き換えよう 
7.あなたが誰かに相談された時 (短期特別連載)
8.恋愛人間関係小説 (疑惑の弁当事件・第8回)
9.悩み相談Q&A
10.編集後記 (購読特典)
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■人生の話 (とてつもない「いい状況」が、あなたにもたらされる話)



あなたは、「ドラマ」を見るでしょうか?


僕は昔、
テレビドラマのワンシーンで、こんな場面を見たことがあります。


ある失恋した女性がいました。

彼女は、悲しみをまぎらわすために、
「ヤケ酒」ならぬ、「ヤケ食い」をしたのです。


テーブルの上には、料理が満載。
がんがん食べる、その女性。

とても印象に残りました。


でも、現実は、果たしてどうでしょうか?

ヤケ食いもあるかもしれませんが、
それより「食欲がなくなる」方が多いのではないかと思うのです。


失恋して、一時的に食事が喉を通らなくなった人が、知り合いにいました。


その人は突然振られ、失意のどん底に突き落とされたのです。

体重も低下。


気の毒な状態でした。


かくいう僕も、同じような経験があります。


失恋ではありませんが、
ある辛いことがあって、その時は、何も食べる気が起こらなかった。

「食べる元気」がなくなったのです。


その時、初めて知りました。

「食べるのには、元気がいるんだな」
と。


普段、そんな風に思うことはなかった。
食べられなくなって、初めて知ったのです。


そういえば、僕の両親が亡くなる時もそうでした。

父も母も、亡くなる前には、
一切食物を受け付けなくなったのです。

何とかして食べてもらおうと思いましたが、どうにもできなかったのです。

「食べる」という普通のことが、いかに有難いことなのか、
実感として知りました。


普通のことができるのは、実に素晴らしいこと。

それを知ったことは、
要するに「洞察力が増した」ということです。

視野が広がったのです。
今まで見えなかったものが、見えてくるようになったのです。

それは、自分の経験から身に付いたのです。


時に我々は、他人の経験を有難がって、
自分の経験をつまらないものと思ってしまうことがあります。


しかし、それは間違い。

自分の経験は、たとえどんな小さなことでも、実に大切な経験です。



そこで、僕はこんな話を思い出します。


僕が小学生の時。

校長先生が、一つの教訓話をしていました。

こんな話です。


あるところに、一人のお坊さんがいました。

そのお坊さんが修行時代に、
残っていた「桶の水」を、何の気もなく捨ててしまったのです。

それを見た師匠は、お坊さんをこっぴどく叱りました。


何で怒られたのかわからずにいると、師匠が一言。


「たとえ少しの水でも、捨ててしまったら、意味がない。
小さい、大きいは関係なく、それぞれ価値がある。

もしその水を、生えているナスにあげたら、ナスが生きる。水も生きる。
君のしたことも生きる。すべてが生きるのだ」


一言ではなくずいぶん長いですが(笑)、
でも言っていることは確かに正しいのです。


しかし、小学生だった僕は、意味はわかっても、あまりピンとこなかった。


「そんなことくらいで怒られるなんて、
そのお坊さんがかわいそうじゃないか」

とむしろ、怒られたお坊さんの方に同情しました。


それはそれで間違っていないと思うのですが、
「すべてを生かす」という部分が、あまりよくわからなかったのですね。


でも、人生途上で、自分なりにいろいろありました。

そこからだんだん、
「すべてを生かすことが幸せにつながっていく」ということが
何となくわかってきました。


あなたの日常に、
「すべてを生かしていこう」という気持ちを持ったら、
人生が変わりますよ。


否定で苦しかった人生が、肯定に変わるからです。


「みんなで繫栄していく」と思った時、あなた自身も繫栄していきます。

なぜなら、相手の繁栄を手助けしていけるようになるからです。


与えたものが返ってくるというのは、どうしても曲げられない事実です。

生命の法則とは、きっとそういうことなのですね。



まとめ
-----------------------------------------------
自分も他人も、どんな環境も、どんな出来事も、
「すべてを生かしていこう」と思えるようになれば、
本当の幸せが舞い込んでくるでしょう。
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■人間関係の話 (ダーク桃太郎)



あなたには、

「ミイラ取りがミイラになった」

ご経験はないでしょうか?


「ミイラ取りがミイラになる」は、

「人を連れもどしに行った者が,逆に先方にとどまってしまう」
「説得におもむいた者が,かえって相手に説得されてしまう」

というのが、本来の意味ですね。


でも、ここでは、意味を広げて、
「自分がされて嫌なことなのに、他人にそれをしてしまう」
という意味で考えてみましょう。


そこで、わかいやすい例として、こんな「昔話」を考えてみました。

僕の創作です。

童話シリーズに続く、昔話シリーズ。


題して、

『ダーク桃太郎』

というお話。


どうです、おもしろそうでしょう。


「桃太郎」は、みなさんよくご存じですね。

しかし、これは「ダーク桃太郎」なのです。


桃太郎の「隠された暗黒部分」にスポットを当てる
ドキュメンタリー。(笑)


ではさっそく。


むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
(ここは昔話と同じ)

おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
(これも同じ)

おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。
(まだ同じ)

その桃を家に持って帰り、桃を割ってみると、中から桃太郎が出てきました。
(しつこく同じ)


そして違うのは、ここからです。

桃太郎の横に、もう一人、人がいたのです。
『桃次郎』です。

要するに、双子だったのです。(もちろん僕の創作)


二人は、どんどん成長していきました。


桃太郎は、ある時、鬼ヶ島に鬼がいることを知りました。

それを退治しようと思ったのです。


しかし、桃次郎は、異を唱えました。

「鬼ばかりいるわけでもないし、話し合いをしよう」


しかし、桃太郎は取り合いません。

「話し合いなんて言っているから、鬼がはびこるんだ。
一網打尽だ」

などと主張し、さっさ鬼ヶ島に行く。


その途中で、
「犬・サル・キジ」を買収し(笑)、家来にしてしまう。

さて鬼ヶ島に到着。


桃太郎は、有無を言わさず、鬼たちを攻撃します。

鬼がすべて逃げてしまった後、
桃太郎は、ふとあるものに目をやった。

そこには、鬼が持っていた、金銀の財宝が積み重なっていたのです。


「ふっ、ふっ、ふっ、あんなところに財宝があるぞ。
どうせ鬼たちが盗んだものだろう。
オレがもらっておこう。オレは勝利者なのだから」

と、分捕ってしまう。


自分も盗みをしていることに思いがいたらない桃太郎。


犬、サル、キジも手伝わせさせられる。


「財宝よりも、きびだんごを」

と言っても、桃太郎は取り合わない。


「さっさと運べ」と一喝し、それを持って帰ったのです。

そして、桃太郎は裕福な生活を始めます。


「桃太郎御殿」を作る。

「桃太郎風俗街」を作る。
これが本当の「ピンク街」です。


しかも、その風俗街にやってきたお客に対して、法外な料金をとる。

身ぐるみ剥いでしまうのです。


その横暴に、客たちは、桃太郎をののしる。


「この鬼が」
と。


こうなると、誰が鬼なのか、わけがわからなくなってしまいます。

そうこうしているうちに、
例の「退治された鬼の残党」が、桃太郎に反撃にやってきた。


鬼の残党 「よくもひどいことをしてくれたな、この鬼が」
桃太郎  「鬼はお前たちだろう」
鬼の残党 「財宝をかっぱらったくせに。お前こそ鬼だ」
桃太郎  「最初に盗んだのはお前たちだ」
鬼の残党 「その財宝で、悪事をしているお前は何なんだ」
桃太郎  「そもそも鬼ヶ島に住んでいるくせに」
鬼の残党 「鬼ヶ島に住んでいて鬼なら、グリーンランドに住んでいる人は緑
の党か」

などと、果てしのない闘争を繰り広げる。

どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?


実は、これは人間関係にも通じる、とても重要な話なのです。


桃太郎は、正義というものに対して、
自分の都合のいいように「勝手な物差し」を作っていたのですね。


たとえ鬼が悪だとしても、では桃太郎が正義かと言えば、やっていることは鬼
と何も変わらなかったのです。


むしろ、鬼を根こそぎ迫害したことで、鬼よりひどいことをしているとも言え
ます。


この「ダーク桃太郎」の続きは、次回に書いてみます。
(次回は、「桃次郎」が主役になります)



まとめ
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他人を裁くのは簡単ですが、
自分を反省することは難しいものです。
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■恋愛の話 (相手の気持ちを詮索すればわけがわからなくなり、
思いやればわかってくる話)



突然ですが、
あなたは「騒音」に悩まされた経験はあるでしょうか?

たぶん、誰でもあると思うのですね。


僕は以前、こんなことがありました。

深夜、寝ていると、突然大きな音がしたのです。
何やら騒がしい声。

ずっと続くので眠れません。


窓を開けてみて、それが何かがわかりました。
「ラジオの音」だったのです。

マンションの隣の住人が、ラジオを大音量で流していたのです。


それは深夜3時くらい。
驚きました。


しばらくしてやっと収まったのですが、いったいどういう了見なのか。(笑)


寝れないのでラジオをつけたのかもしれません。
でも、何もベランダで、大音量で聞くことはないですね。


その後、僕は思ったのです。


もちろん、騒音は嫌ですし、ましてや深夜。

しかし、もし同じ音を「職場」で聞いたら、どう思うでしょうか?


職場にもよりますが、
人の会話が多い職場なら、別に気にならないでしょう。


僕はかつて予備校で働いていましたが、職場はいつも「騒音だらけ」でした。


事務室は多くの生徒がごった返します。
(生徒の出入りが自由だったので)

しかも、生徒だけではなく、職員も騒がしい。


でも、それが嫌だと思ったことは、あまりありませんでした。

なぜでしょうか?


そういう職場だからということもありますが、それ以外にも理由があります。

つまり、「騒音の意味」がわかっていたからです。

単なるうるさい音ではなく、
「生徒と担任のコミュニケーションの場」でした。


例えば、工事中の音ももちろんうるさいと思いますが、
隣人が騒いでいる騒音とは、意味合いが違いますね。


さっきの「深夜の騒音」はどうでしょうか?

全く意味がわからないのです。


もし自分なら、そんな夜中にベランダで、
ラジオを大音量で流すなんてことはしないでしょう。


しかし、現にしている人がいます。

その不可解さもまた、不安につながります。


「いったい、どういう了見だ」

と相手の心ない行動にイライラしてくる。


でも、何か特別な事情があってやむをえずそうしているとわかれば、
怒りもそこまでにはならなかったかもしれない。


「深夜に大音量でラジオを聞く特別な意味」なんてないでしょうが、
まあ例えばの話です。


騒音事態は同じです。

でも、理由がわかって、長く続かないことがわかれば、落ち着くことができま
す。


一方、いつ終わるともしれない意味不明の騒音は、
まさしく騒音以外の何物でもありません。


この「騒音のようなこと」は、日常でよくあるでしょう。

(ここでの「騒音」は象徴的な意味です)

他人の不可解な行動、心ない行動に、悩むようなことです。

それが気になって、辛くて仕方がない。
「心の騒音」ですね。


でも、よく考えてみましょう。

自分にとって「理解しがたいこと」というのは、
日常でたくさんあるものです。


ある人は他人の迷惑を考えるのに、ある人は全く考えません。

どうしてそうなのだろうと思っても、その人がそうなのですから、
仕方のないことです。


恋愛でもありますよ。


好きな人が何かを考えているかわからなくなって、苦しむ。
好きな人の行動の意味がわからず、悩む。

そんなことはたくさんあるでしょう。


しかし、実はここが大切です。

わかろうとすることも大切ですが、
「わからないことはわからない」と心を決めることもまた大切なのです。


第一、いくら好きな相手でも、
考えていることがすべてわかるわけはありません。

自分が考えていることが、すべて相手にわかったら嫌ですよね。

それと同じことで、心を詮索されたらいい気持ちはしない。


「詮索」と「思いやり」は、同じではありません。

ここを勘違いしていると、うまくいかなくなってしまう。


わからないものはわからないと諦め、
その上で思いやりを大切にしていけばいいのですね。


詮索は、自分のためにしています。

思いやりは、相手のためにしています。


そして、本当に思いやりを持つ人が、相手の気持ちを感じることができるのだ
と思う。


なぜなら、愛や思いやりは、その本来の力を出せば、
人の気持ちを感じる力を与えてくれるからです。



まとめ
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詮索ではなく、「思いやり」を大切に。

真の思いやりは、相手の心を感じる力をもたらします。
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■気になった出来事 (恐怖の忘年会)



先日、今年の「ノーベル賞の発表」がありましたね。


近年、日本人が多く受賞していますが、
毎年話題になるのが、「村上春樹氏は文学賞を受賞するか」です。


もう何年も話題に上っています。


受賞を逃すと、「今年もダメだった」みたいに騒がれる。
そして、「また来年だ」みたいな。


でも、当の村上春樹さんご本人は、どう思われているのでしょうか。

毎年毎年、同じ時期に騒がれ、「今年こそ」と言われる。


まるで、受験生が、「今年こそ合格だ」みたいに
ハッパをかけられているような感じです。

そして取れなかったら、「ああ~ダメだ」みたいに言われる。


いずれにしても、村上さんご自身には何の責任もないこと。


どのように思われているかはわかりませんが、
きっと迷惑に感じる部分もあるのではないかと思うのです。


だってもし自分が、毎年ある時期に騒がれて、
そして落胆されたらどういう気持ちになるでしょうか。


自分に責任はなく、周囲が勝手にそうなっているのです。

これはなかなか辛いものではないかと思うのですね。


ご本人はたいして気にされていないかもしれませんが、
何かそういった気がしてしまいます。



ところで、実は、同じようなことは誰にでもあるものだと思うのです。


一年で「この日だけは迎えたくない」みたいな日。(笑)


ノーベル賞の場合は、いい知らせの場合もありますが、
これは「嫌な日」であることが確定しています。


あなたには、そんな日はないでしょうか。


例えば、僕にはこんな日がありました。

職場で、一年に一回行われる、忘年会。


僕は、この日が嫌で嫌でたまらなかったのです。
特に若い頃はそうでした。


お酒も飲めませんし、
忘年会になると、なぜか嫌な先輩に絡まれるという
経験をしていたからです。


宴会場で孤独になってしまうこともありました。

孤独でなかったら、先輩に絡まれているという。(笑)


「何でこんなものに出席しなければいけないのだろう」
と毎年思っていたのです。


忘年会は、毎年12月。

僕の場合、それは「ブラック・マンデー」ならぬ
「ブラック・ディセンバー」だったのです。


しかし、よく考えてみると、
職場の忘年会は、一回だけですし、時間も2時間くらいです。


二次会まで参加しても、
終電までには帰りますから、たいした時間でもありません。

もし楽しいことをしているなら、あっという間に過ぎていく時間。


その程度のことを、「恐怖の日」として苦にしているのは、いかがなものか。

ある時、そんな風に考えるようになりました。


自分で自分の悩みが、馬鹿馬鹿しくなったのですね。

なので、そんなことを事前に悩むのはやめにしました。


悩もうが悩むまいがその日は来るわけです、
なら、悩まない方が精神的にいい。


そして、悩まなくなれば、
「自分が思っているほどそれは重大な問題ではない」
ことに気付いたりします。


当日も、先輩に絡まれるようなことが少なくなっていきました。

気分が楽になったので、
ネガティブなものを引き付けなくなったのかもしれません。


だいたい悩み事を探せば、それはいくらでも発見できますね。

逆に言えば、楽しいこと、希望のあること、癒されることを探せば、
それもいくらでもあるのです。


『何に目を向けるか』

それが自分を決めていくのです。



まとめ
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考え方一つで、明るいものを見ることができます。

他人が決めるのではなく、あなた自身がそれを決めていくのです。
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■愛の一言


※「愛の一言」は、僕がツイッターやフェイスブックで投稿した内容で、
特に大きな反響のあったものを取り上げ、より詳しい解説をします。



本日の言葉
─────────────────────────────
去っていったものに敏感になって、
訪れてくるものに鈍感になってはいけないよ。 

失われたものは目的を終え、
やってくるものは、新しい目的をあなたに与えようとしている。

今を一番いい時にしていこう。 
未来はもっとよくなっていくだろう。
─────────────────────────────


「感じやすい」というのは、元来長所ですね。

いろいろなものを感じ取れる感受性だからです。


ところが、この感受性を、悪い方向に使ってしまう場合があります。

せっかくの長所を、自分で短所にしてしまっているのです。


例えば、恋愛に悩むとします。

この場合、愛に敏感になっていると思いがちですが、
そういうわけでもないのです。

愛に敏感になっているというよりも、
「好きな人を失いやしないかという心配に敏感になっている」
のではないでしょうか。


これは、別に思いやりとは関係ありませんね。

本当に愛に敏感になっているのであれば、心配は出てこないものです。


人間関係でもありますよ。

職場で嫌な人がいる。
いつもその人に苦しめられています。

職場を地獄のように感じてしまう。


確かに気持ちはわかりますが、
少しだけ、自分の事情を横に置いて、冷静な目になってみましょう。


この場合、自分が嫌いな人の存在に、必要以上に敏感になっています。


でも、嫌な人ばかりいるわけではないはずです。


自分に好意的な人もいますし、好きな人もいるでしょう。

助けてくれる人もいますし、励ましてくれる人もいます。


そういった人の存在にこそ、「敏感」になるべきですね。


我々は、鈍感でいいものに敏感になって、
敏感になるべきものに鈍感になっていたりすることがあります。


「あの人に傷つけられた」

といつまでも気にしている。


しかしそれは、「敏感にならなくていいもの」です。


それよりも、「敏感になるべきもの」がありますね。

そちらに目を向けていくべきです。


自分のせっかくの長所を、正しい方向に使っていきましょう。


その決意ができた時、
あなたを覆う暗闇は、少しずつ明けていくに違いありません。



■「心の中の文章」を書き換えよう


自分を暗くして、辛くする言葉を、自分自身に言い聞かせている場合がありま
す。

それを思い切って「書き換えること」です。

そうすれば、もっといい状況になっていくでしょう。



・今回の書き換え
----------------------------
暴慢には暴慢で対抗だ

→→『暴慢には謙虚で対抗だ』
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昔、僕が「自動車教習所」に通っていた頃の話です。


今はどうか知らないのですが、
当時の教官には、やたらにガミガミ怒る人がいました。

(その教習所がたまたまそうだっただけかもしれないですが)


教習所内で、運転練習中の時。

僕は、慣れないものですから、
「一時停止」を見落としてしまった。


すると、横にいた教官に、
「一時停止をしないなんて、人に対する思いやりがない」
と怒られたのです。


さすがに、おとなしい僕?もムッとしました。

まだ免許も取っていない、習い始めの初心者なのです。
そんな初めからできるなら、教習所なんていらない。

その後も、教官はやたらに怒っていて、散々でした。

僕も結構フテくされてしまって、雰囲気は最悪。(笑)


まあ、僕の運転が下手だったからかもしれませんが、
だからこそ教習所で習っているのです。

その教官だって、習い始めの頃は、うまくできなかったでしょう。


そんな経験があるものですから、
未だに自動車教習所にはいい印象がありません。

もちろんこれは、教習所が悪いわけではなく、その教官の個人的な問題です。


ところで、ここで僕が書きたいのは、
「運転教育について」ではありません。

そういう限定した話ではなく、もっと根本的な話。


その後、落ち着いてから、僕はこんなことを考えたのですね。


「あの教官は、あんなにガミガミ怒っていて、仕事が楽しいのだろうか?」

と。


どうです、根本的でしょう。(笑)

イヤミではなく、本当に疑問を感じたのです。


もちろん僕に対してだけではなく、
他の生徒にも同じようにしているのでしょう。

注意するのはいいにしても、
人格を否定するような暴言も吐いているに違いない。


僕みたいなおとなしい生徒ばかりとは限りませんから(フテくされました
が)、
反抗されることもひょっとしたらあるかもしれない。


いや、それよりも、いつも怒っていて楽しいはずもないですね。

教官が楽しくないなら、
生徒はその何倍も楽しくないでしょう。

でも、どうしてこの人は、こんな風になってしまったのでしょうか?


もちろん個人的な性格もあると思いますが、
「モノを教えている」うちに暴慢になってしまった
ということがあるのかもしれません。


当たり前ですが、運転の素人が教習所にやってきます。

教官は運転のプロ。

その差は歴然としています。
(単に運転技術の話ですが)


「デキの悪い(自分から見て)生徒」にイライラしたのかもしれません。

しかし、それは単に運転のこと。
違う面なら、その教官が素人ということはたくさんあります。


僕は思うのです。


もし自分が、何かを教える立場になったり、指導する立場になったとしたら、
最も注意すべき時です。

暴慢な気持ちになって、
手が付けられないような状態になってしまうことがあります。


しかし、どんな立場になろうとも、
生徒のような気持ちでいたら、決して迷うことはありません。

暴慢にもならないし、謙虚な姿勢を保つことができる。


きっとそんな人が、人をいい方向に導くことができる、
真の指導をしていくことができるのでしょう。


謙虚は、理念的なことではなく、実際に自分の日常にいい影響を及ぼします。


しかし、暴慢な人が周りにいると、
ややもするとそういった人の波長に感染して、
自分も同じようになってしまうことがあります。


ここが落とし穴。

落とし穴にはまると、ますます暴慢な人によって苦しめられていきます。

なぜなら、波長が合ってしまうので、
結局そういった人がいつまでも絡んでくるからです。


この落とし穴にはまらない人こそが、
必ず環境をよくしていくことができるでしょう。



■あなたが誰かに相談された時 (短期特別連載・第3回)


あなたは、人から相談をされて、
どう答えていいか困ったことはないでしょうか?

人から相談を受けた際、僕自身が心がけていることを、
こっそりあなたにお伝えしたいと思います。



「第1回目」と「第2回目」に書いたことをまとめておきましょう。


第1回目は、

『最善を尽くせば、それでいい』

というお話でした。


たとえ、いいアドバイスができなかったとしても、
相手の気持ちに共感し、相手のためを思って言ったことなら、それでいいとい
うことですね。


第2回目は、

『受け入れてもらえないなら、しばらく待ってみること』

という話。


何でわかってくれないんだと、相手を責めても始まりませんし、
押し付けることもできません。

押し付けようとしたら、かえって拒否されてしまうかもしれません。

相手の気持ちを無理に捻じ曲げることはできないのですから、
しばらく待ってみることが大切ということですね。

待つことで、相手の心が和らいでいく可能性があります。



さて、今回の3回目は、

------------------------------------------
「教える」ではなく、「軽く」してあげること
------------------------------------------

これが大切という話です。



「マザーテレサ」の言葉に、こういうものがあるそうです。


『説教してきかせても、それは人とふれあう場にはなりません。
ほうきをもってだれかの家をきれいにしてあげてごらんなさい、
そのほうがもっと雄弁なのですから』


まさに、この言葉通りですね。


もし、あなたが誰かの相談に乗ってあげる機会があったら、
もっぱらこれを心がけてみればいいと思います。

そうすれば、自分でも驚くくらい、うまくいくと思います。


ここでの「説教」の意味は、
「頭ごなしに説教する」という意味でしょう。

「君の考えは間違っている」というような感じの意味ですね。


まあ、こういう上司がいたら、大変ですね。

ネチネチしているのも困りますが、頭ごなしも困ります。

ネチネチしなくても、頭ごなしでなくても、
相手に伝えることはできます。

もしろ、しつこくしたり、頭ごなしに言うから、かえって何も伝わらなくなる
のですね。


そしてさっきのマザーテレサの言葉。

「ほうきをもってだれかの家をきれいにしてあげてごらんなさい」

というのは、もちろん「象徴的意味」ですね。


これは、「行動が大切だ」という意味だと思うのですが、
それに加え、もっと深い意味があると僕は思う。


アドバイスも含めて、誰かに何かをしてあげるなら、
「その人の心を軽くしてあげよう」という意味だと思うのです。


言葉の正しさももちろんですが、
しかし、正論だからといって受け入れてもらえるとは限りません。

その言葉に愛があるからこそ(一般的な愛情の意味です)、
受け入れようと思うものです。


もちろん、調子のいいことという意味ではなく、
「励ましてあげよう」という意味です。


心に重荷を抱えているから、相談するのでしょう。


その重荷の種類は、それぞれ違っても、
重荷を何とかしたいと思っているのは同じです。

それを軽くしてあげることです。

その発想から、いろいろ伝えることを考えれば、
きっといいアドバイスができると思います。


なぜなら、そこには、相手によくなってほしいという「正しい動機」があるか
らです。



■恋愛人間関係小説


ここでは、僕の「創作小説」を連載します。

小説ではありますが、その主題は、僕自身がかつて見たこと、体験したことを
土台にしています。



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恋愛推理小説「疑惑の弁当事件」 第8回

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前回までのあらすじ

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「由紀子」はOL。
勤務時間が遅いため、夕食は部署全員で食べる。

彼女は、同じ部署の「沢田」に恋をしていた。

ある時突然、沢田が「弁当」を持参してきた。
いったい誰が作ったのだろうか?

そして、沢田の弁当箱が、
同僚の「加奈」の弁当箱によく似ていた。

由紀子は、沢田と加奈がいっしょに帰るところを目撃する。
「沢田と加奈の関係」を疑う由紀子。

しかし、事態は思わぬ方向に。


同じ部署の「洋子」が、
沢田と同じ弁当箱を持ってきたのだ。

由紀子は、意を決し、洋子に事情を聴いた。

その結果、洋子と沢田は、付き合っていないことがわかった。

では、加奈はどうなのだろうか?
----------------------------------------------------



物語も、いよいよ佳境です。

弁当箱事件の謎は、一応解決しました。


「沢田と加奈と洋子が、同じ弁当箱を持っている」

その理由は明らかになった。


「社員旅行で、3人が同じ弁当箱を買った」

ただそれだけのこと。


男女関係ではないことがわかった。

しかし、由紀子の脳裏に、
どうしても消えない「疑念」がまだ残っていた。


沢田と洋子には、弁当箱を買う理由があった。

しかし、加奈はどうなのだろうか?


沢田と洋子は、同じ部署で、気心が知れている。

でも、加奈は、違う部署で、
そこまで沢田や洋子と親しいわけでもない。

なのに、わざわざ、3人いっしょの弁当箱を買うなんて・・・


その辺りが、よくわからなかった。


由紀子は、ただでさえ、あいまいさを嫌う性格。
物事をはっきりさせないと気が済まない性格なのだ。


ましてや、沢田は片想いの相手。
彼に関することだけに、あいまいなままでは、不安が消えない。


では、どうしたらいいか?


この場合も、「加奈に直接聞く以外にない」と思った。

洋子に次いで、加奈に対する事情聴取。(笑)


しかし、加奈にどうやって話しかけたらいいか?

洋子は同じ部署だから気楽に聞けても、加奈は他部署。


ただ、普段付き合いがないとはいえ、
由紀子と加奈は「同期」だった。


その部分で気持ちを強くし、思い切って質問してみることにした。


チャンスは、加奈が昼食を食べている時。

その方が、自然に弁当箱の話ができるから。


普段は午後出勤の由紀子は、その日は早い目に出勤した。

会社に着くと、ちょうど昼食の時間。

休憩室を覗くと、加奈が食事をとっていた。


毎週この日は、
仕事上の関係で、加奈が一人で昼食を食べることを、
由紀子は知っていた。

だから、今日を選んだのだ。


それとなく、休憩室に入る由紀子。

加奈は、驚いた様子だった。

「あれ、今日はちょっと早い出勤なのね」
「ええ、ちょっと早く来てしまって。なので休憩室で休ませてね」


休憩室にある雑誌を読むふりをしながら、
加奈に話しかけるタイミングをうかがった。


「あれっ、そのお弁当箱、洋子さんと同じね」


沢田のことを出すのは何となく気が引けたので、洋子のことを出した。


「うん、社員旅行で、いっしょに買ったの」


もちろん由紀子はそれを知っていたが、知らないふりをして、
「へえ、そうなんだ」と言った。


「どうしていっしょに買ったの?」

その質問に答えた加奈の言葉は、ほぼ洋子から聞いた内容と同じだった。


しかし、沢田のことが出てこない。

あえて出さないようにしているのか、それとも沢田には関心がないのか。


加奈が沢田の話題を出したら、それはそれで不安になるし、
出さなかったら、怪しいのではないかと、これまた不安になる。

どっちに転んでも不安になるのだから、
由紀子の恋の病は重症。


「どうして、弁当箱を買ったの?」
「どうしてって、ほしいと思ったから」


「変な質問だな」というような表情を加奈はした。


結局、よくわからなかった。

でも、加奈の態度からして、
沢田とお付き合いしていることはないと思った。


しかし、それで由紀子がすっきりしたかといえば、そんなこともなかった。

由紀子の疑念は、まだ続く。



さて、読者のみなさん。


これから由紀子はどうなったと思いますか?

沢田と由紀子の関係は、どうなったのか?


実は、どうにもならなかったのです。


沢田に恋人がいるかどうかを由紀子は気にしていましたが、
別にそれは、由紀子の恋の進展に役立つことでもなかったからです。


時間が経って、さすがに弁当箱の一件は、由紀子の脳裏から消えていきまし
た。


そして、それから3年後、由紀子は退職します。


沢田との恋は、もうどうにもならないことがわかり、
また由紀子は新しい仕事に興味が沸いてきて、退職してしまったのです。


さて、それからずっと後の話。

由紀子が前の職場をやめて「10年後」のこと。

懐かしい職場の同窓会があったのです。


「久しぶりに、全員で会おうよ」

ということになって、当時の同僚と再会することになりました。


物語は、ここでクライマックスを迎えます。

その場に、あの加奈も来ていたのです。
10年ぶりの再会。


そして、由紀子は、加奈から、
当時の「弁当箱事件の真実」を打ち明けられます。

まさに、由紀子にとっては、10年後に知った衝撃の事実。


由紀子は、これを通じ、
恋愛や人間関係の最高の教訓ともいえる、
貴重なものを手にします。


次回に、そのすべてを書きましょう。   (次回に続く)



■悩み相談Q&A


ここでは、皆様からご相談をいただいたことについて、
僕の回答をシェアします。

ご相談内容は、プライバシーを考慮して、簡略して書いています。

今回のご相談は・・・



─────────────────
Q.現在、心の病を抱えています。

それを主人にわかってもらえません。
家事ができていないと怒られました。
─────────────────


A. それは、とても悲しかったでしょう。

お気持ちはよくわかります。

自分が抱えている症状をわかってもらえない時は、とても辛いものです。

今回のようなご主人の怒りが度々あるのか、
それとも今回に限ったことなのかはわかりません。

ただ、あなたの苦しい状態を、ご主人には、全部は無理でも、
少しでも理解してもらう必要があります。

そのようなお話をご主人とされているかどうかはわかりませんが、
少しずつ、あなたの抱えている症状への理解を促していくことは必要です。

わかってもらえる部分が大きくなればいいことですし、
どうしてもわかってもらえず、同じような態度が続くなら、
また考えていけばいいでしょう。


ご主人は、あなたの症状のことに、あまり理解が及んでいないのかもしれませ
ん。

もし、理解できているなら、
今回のことは一時的に腹が立って、感情的になったのかもしれません。

一時的なことなのか、いつもそうなのかで、違ってきます。


自分の症状を抱えながらご主人と向き合うのは辛いことですが、必要でもあり
ます。

夫婦とはいっても、やはり元は別々の者同士です。
お互いの理解を深めていく努力は、いつだって必要です。

といっても、無理は必要ないです。

できる範囲のことをすれば、それで十分です。
あなたができることをすれば、もうそれでいいのですよ。

後は、ご主人の理解の問題になってきます。


自然にわかってくれることが理想ですが、そういうわけにもいかないことも多
いです。

ぜひ、くじけず、あなた自身の症状をよくしていく決意と、ご主人に症状を理
解してもらう努力を、勇気を持ってしていっていただければと思います。

その結果、うまくいかないなら、また次の方策を考えていけばいいと思いま
す。

辛いことですが、人生には「困難がつきもの」というのも事実です。


常に、何かを乗り越えていくのが人生だと思います。

逆境から、真の自分を見出します。


今の困難を、少しでも和らげるためには、ご主人の態度に一喜一憂するのでは
なく、理性的になって、あなたなりの最善を尽くしていくことが大切だと思い
ます。




■編集後記


今回もお読みくださってありがとうございます。


・恋愛人間関係小説『疑惑の弁当事件』は、次回が最終話です。

ついに明かされる「疑惑の真相」
そして、由紀子が学んだ「愛についての最高の教訓」

それが次回に明かされます。

もちらもご期待ください。



・購読登録してくださった方に、「特典E-BOOK」をプレゼントしています。

ダウンロードURLは、下記の通りです。

『「想いが伝わらない」と嘆いている人が、「以心伝心」を実現する方法』
http://uhkaiwa.up.seesaa.net/book/ishiden.pdf


特典は、「PDFファイル」になっております。



・「悩み相談」はいつでも大丈夫です。

ご連絡・ご相談は、
ツイッターからでもフェイスブックからでもOKです。
(ダイレクトメッセージをお使いください)

また、直接メールをくださっても構いません。
spkaiwa@kcc.zaq.ne.jp 宛 (直接僕に届きます)



では、次回のプレミアムメールマガジンも楽しみにしていてくださいね。



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     「1万人を虜にする魅惑のトーク術プレミアム」
            ~あなたの愛を実現する方法~

                       第27号

■「好きな人の気持ちを知る方法」です。誰でもできるのですが、
あまりに簡単すぎて、それに気付いていないのです

ウェブで読む:http://foomii.com/00097/2016102510511035687
EPUBダウンロード:http://foomii.com/00097-36312.epub
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今週の目次
───────────────────────────────
1.人生の話 (とてつもない「いい状況」が、あなたにもたらされる話)
2.人間関係の話 (ダーク桃太郎)
3.恋愛の話 (相手の気持ちを詮索すればわけがわからなくなり、
思いやればわかってくる話)
4.気になった出来事 (恐怖の忘年会)
5.愛の一言
6.「心の中の文章」を書き換えよう 
7.あなたが誰かに相談された時 (短期特別連載)
8.恋愛人間関係小説 (疑惑の弁当事件・第8回)
9.悩み相談Q&A
10.編集後記 (購読特典)
───────────────────────────────



■人生の話 (とてつもない「いい状況」が、あなたにもたらされる話)



あなたは、「ドラマ」を見るでしょうか?


僕は昔、
テレビドラマのワンシーンで、こんな場面を見たことがあります。


ある失恋した女性がいました。

彼女は、悲しみをまぎらわすために、
「ヤケ酒」ならぬ、「ヤケ食い」をしたのです。


テーブルの上には、料理が満載。
がんがん食べる、その女性。

とても印象に残りました。


でも、現実は、果たしてどうでしょうか?

ヤケ食いもあるかもしれませんが、
それより「食欲がなくなる」方が多いのではないかと思うのです。


失恋して、一時的に食事が喉を通らなくなった人が、知り合いにいました。


その人は突然振られ、失意のどん底に突き落とされたのです。

体重も低下。


気の毒な状態でした。


かくいう僕も、同じような経験があります。


失恋ではありませんが、
ある辛いことがあって、その時は、何も食べる気が起こらなかった。

「食べる元気」がなくなったのです。


その時、初めて知りました。

「食べるのには、元気がいるんだな」
と。


普段、そんな風に思うことはなかった。
食べられなくなって、初めて知ったのです。


そういえば、僕の両親が亡くなる時もそうでした。

父も母も、亡くなる前には、
一切食物を受け付けなくなったのです。

何とかして食べてもらおうと思いましたが、どうにもできなかったのです。

「食べる」という普通のことが、いかに有難いことなのか、
実感として知りました。


普通のことができるのは、実に素晴らしいこと。

それを知ったことは、
要するに「洞察力が増した」ということです。

視野が広がったのです。
今まで見えなかったものが、見えてくるようになったのです。

それは、自分の経験から身に付いたのです。


時に我々は、他人の経験を有難がって、
自分の経験をつまらないものと思ってしまうことがあります。


しかし、それは間違い。

自分の経験は、たとえどんな小さなことでも、実に大切な経験です。



そこで、僕はこんな話を思い出します。


僕が小学生の時。

校長先生が、一つの教訓話をしていました。

こんな話です。


あるところに、一人のお坊さんがいました。

そのお坊さんが修行時代に、
残っていた「桶の水」を、何の気もなく捨ててしまったのです。

それを見た師匠は、お坊さんをこっぴどく叱りました。


何で怒られたのかわからずにいると、師匠が一言。


「たとえ少しの水でも、捨ててしまったら、意味がない。
小さい、大きいは関係なく、それぞれ価値がある。

もしその水を、生えているナスにあげたら、ナスが生きる。水も生きる。
君のしたことも生きる。すべてが生きるのだ」


一言ではなくずいぶん長いですが(笑)、
でも言っていることは確かに正しいのです。


しかし、小学生だった僕は、意味はわかっても、あまりピンとこなかった。


「そんなことくらいで怒られるなんて、
そのお坊さんがかわいそうじゃないか」

とむしろ、怒られたお坊さんの方に同情しました。


それはそれで間違っていないと思うのですが、
「すべてを生かす」という部分が、あまりよくわからなかったのですね。


でも、人生途上で、自分なりにいろいろありました。

そこからだんだん、
「すべてを生かすことが幸せにつながっていく」ということが
何となくわかってきました。


あなたの日常に、
「すべてを生かしていこう」という気持ちを持ったら、
人生が変わりますよ。


否定で苦しかった人生が、肯定に変わるからです。


「みんなで繫栄していく」と思った時、あなた自身も繫栄していきます。

なぜなら、相手の繁栄を手助けしていけるようになるからです。


与えたものが返ってくるというのは、どうしても曲げられない事実です。

生命の法則とは、きっとそういうことなのですね。



まとめ
-----------------------------------------------
自分も他人も、どんな環境も、どんな出来事も、
「すべてを生かしていこう」と思えるようになれば、
本当の幸せが舞い込んでくるでしょう。
-----------------------------------------------



■人間関係の話 (ダーク桃太郎)



あなたには、

「ミイラ取りがミイラになった」

ご経験はないでしょうか?


「ミイラ取りがミイラになる」は、

「人を連れもどしに行った者が,逆に先方にとどまってしまう」
「説得におもむいた者が,かえって相手に説得されてしまう」

というのが、本来の意味ですね。


でも、ここでは、意味を広げて、
「自分がされて嫌なことなのに、他人にそれをしてしまう」
という意味で考えてみましょう。


そこで、わかいやすい例として、こんな「昔話」を考えてみました。

僕の創作です。

童話シリーズに続く、昔話シリーズ。


題して、

『ダーク桃太郎』

というお話。


どうです、おもしろそうでしょう。


「桃太郎」は、みなさんよくご存じですね。

しかし、これは「ダーク桃太郎」なのです。


桃太郎の「隠された暗黒部分」にスポットを当てる
ドキュメンタリー。(笑)


ではさっそく。


むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
(ここは昔話と同じ)

おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
(これも同じ)

おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。
(まだ同じ)

その桃を家に持って帰り、桃を割ってみると、中から桃太郎が出てきました。
(しつこく同じ)


そして違うのは、ここからです。

桃太郎の横に、もう一人、人がいたのです。
『桃次郎』です。

要するに、双子だったのです。(もちろん僕の創作)


二人は、どんどん成長していきました。


桃太郎は、ある時、鬼ヶ島に鬼がいることを知りました。

それを退治しようと思ったのです。


しかし、桃次郎は、異を唱えました。

「鬼ばかりいるわけでもないし、話し合いをしよう」


しかし、桃太郎は取り合いません。

「話し合いなんて言っているから、鬼がはびこるんだ。
一網打尽だ」

などと主張し、さっさ鬼ヶ島に行く。


その途中で、
「犬・サル・キジ」を買収し(笑)、家来にしてしまう。

さて鬼ヶ島に到着。


桃太郎は、有無を言わさず、鬼たちを攻撃します。

鬼がすべて逃げてしまった後、
桃太郎は、ふとあるものに目をやった。

そこには、鬼が持っていた、金銀の財宝が積み重なっていたのです。


「ふっ、ふっ、ふっ、あんなところに財宝があるぞ。
どうせ鬼たちが盗んだものだろう。
オレがもらっておこう。オレは勝利者なのだから」

と、分捕ってしまう。


自分も盗みをしていることに思いがいたらない桃太郎。


犬、サル、キジも手伝わせさせられる。


「財宝よりも、きびだんごを」

と言っても、桃太郎は取り合わない。


「さっさと運べ」と一喝し、それを持って帰ったのです。

そして、桃太郎は裕福な生活を始めます。


「桃太郎御殿」を作る。

「桃太郎風俗街」を作る。
これが本当の「ピンク街」です。


しかも、その風俗街にやってきたお客に対して、法外な料金をとる。

身ぐるみ剥いでしまうのです。


その横暴に、客たちは、桃太郎をののしる。


「この鬼が」
と。


こうなると、誰が鬼なのか、わけがわからなくなってしまいます。

そうこうしているうちに、
例の「退治された鬼の残党」が、桃太郎に反撃にやってきた。


鬼の残党 「よくもひどいことをしてくれたな、この鬼が」
桃太郎  「鬼はお前たちだろう」
鬼の残党 「財宝をかっぱらったくせに。お前こそ鬼だ」
桃太郎  「最初に盗んだのはお前たちだ」
鬼の残党 「その財宝で、悪事をしているお前は何なんだ」
桃太郎  「そもそも鬼ヶ島に住んでいるくせに」
鬼の残党 「鬼ヶ島に住んでいて鬼なら、グリーンランドに住んでいる人は緑の党か」

などと、果てしのない闘争を繰り広げる。

どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?


実は、これは人間関係にも通じる、とても重要な話なのです。


桃太郎は、正義というものに対して、
自分の都合のいいように「勝手な物差し」を作っていたのですね。


たとえ鬼が悪だとしても、では桃太郎が正義かと言えば、やっていることは鬼と何も変わらなかったのです。


むしろ、鬼を根こそぎ迫害したことで、鬼よりひどいことをしているとも言えます。


この「ダーク桃太郎」の続きは、次回に書いてみます。
(次回は、「桃次郎」が主役になります)



まとめ
-----------------------------------
他人を裁くのは簡単ですが、
自分を反省することは難しいものです。
-----------------------------------



■恋愛の話 (相手の気持ちを詮索すればわけがわからなくなり、
思いやればわかってくる話)



突然ですが、
あなたは「騒音」に悩まされた経験はあるでしょうか?

たぶん、誰でもあると思うのですね。


僕は以前、こんなことがありました。

深夜、寝ていると、突然大きな音がしたのです。
何やら騒がしい声。

ずっと続くので眠れません。


窓を開けてみて、それが何かがわかりました。
「ラジオの音」だったのです。

マンションの隣の住人が、ラジオを大音量で流していたのです。


それは深夜3時くらい。
驚きました。


しばらくしてやっと収まったのですが、いったいどういう了見なのか。(笑)


寝れないのでラジオをつけたのかもしれません。
でも、何もベランダで、大音量で聞くことはないですね。


その後、僕は思ったのです。


もちろん、騒音は嫌ですし、ましてや深夜。

しかし、もし同じ音を「職場」で聞いたら、どう思うでしょうか?


職場にもよりますが、
人の会話が多い職場なら、別に気にならないでしょう。


僕はかつて予備校で働いていましたが、職場はいつも「騒音だらけ」でした。


事務室は多くの生徒がごった返します。
(生徒の出入りが自由だったので)

しかも、生徒だけではなく、職員も騒がしい。


でも、それが嫌だと思ったことは、あまりありませんでした。

なぜでしょうか?


そういう職場だからということもありますが、それ以外にも理由があります。

つまり、「騒音の意味」がわかっていたからです。

単なるうるさい音ではなく、
「生徒と担任のコミュニケーションの場」でした。


例えば、工事中の音ももちろんうるさいと思いますが、
隣人が騒いでいる騒音とは、意味合いが違いますね。


さっきの「深夜の騒音」はどうでしょうか?

全く意味がわからないのです。


もし自分なら、そんな夜中にベランダで、
ラジオを大音量で流すなんてことはしないでしょう。


しかし、現にしている人がいます。

その不可解さもまた、不安につながります。


「いったい、どういう了見だ」

と相手の心ない行動にイライラしてくる。


でも、何か特別な事情があってやむをえずそうしているとわかれば、
怒りもそこまでにはならなかったかもしれない。


「深夜に大音量でラジオを聞く特別な意味」なんてないでしょうが、
まあ例えばの話です。


騒音事態は同じです。

でも、理由がわかって、長く続かないことがわかれば、落ち着くことができます。


一方、いつ終わるともしれない意味不明の騒音は、
まさしく騒音以外の何物でもありません。


この「騒音のようなこと」は、日常でよくあるでしょう。

(ここでの「騒音」は象徴的な意味です)

他人の不可解な行動、心ない行動に、悩むようなことです。

それが気になって、辛くて仕方がない。
「心の騒音」ですね。


でも、よく考えてみましょう。

自分にとって「理解しがたいこと」というのは、
日常でたくさんあるものです。


ある人は他人の迷惑を考えるのに、ある人は全く考えません。

どうしてそうなのだろうと思っても、その人がそうなのですから、
仕方のないことです。


恋愛でもありますよ。


好きな人が何かを考えているかわからなくなって、苦しむ。
好きな人の行動の意味がわからず、悩む。

そんなことはたくさんあるでしょう。


しかし、実はここが大切です。

わかろうとすることも大切ですが、
「わからないことはわからない」と心を決めることもまた大切なのです。


第一、いくら好きな相手でも、
考えていることがすべてわかるわけはありません。

自分が考えていることが、すべて相手にわかったら嫌ですよね。

それと同じことで、心を詮索されたらいい気持ちはしない。


「詮索」と「思いやり」は、同じではありません。

ここを勘違いしていると、うまくいかなくなってしまう。


わからないものはわからないと諦め、
その上で思いやりを大切にしていけばいいのですね。


詮索は、自分のためにしています。

思いやりは、相手のためにしています。


そして、本当に思いやりを持つ人が、相手の気持ちを感じることができるのだと思う。


なぜなら、愛や思いやりは、その本来の力を出せば、
人の気持ちを感じる力を与えてくれるからです。



まとめ
-------------------------------------------------
詮索ではなく、「思いやり」を大切に。

真の思いやりは、相手の心を感じる力をもたらします。
-------------------------------------------------



■気になった出来事 (恐怖の忘年会)



先日、今年の「ノーベル賞の発表」がありましたね。


近年、日本人が多く受賞していますが、
毎年話題になるのが、「村上春樹氏は文学賞を受賞するか」です。


もう何年も話題に上っています。


受賞を逃すと、「今年もダメだった」みたいに騒がれる。
そして、「また来年だ」みたいな。


でも、当の村上春樹さんご本人は、どう思われているのでしょうか。

毎年毎年、同じ時期に騒がれ、「今年こそ」と言われる。


まるで、受験生が、「今年こそ合格だ」みたいに
ハッパをかけられているような感じです。

そして取れなかったら、「ああ~ダメだ」みたいに言われる。


いずれにしても、村上さんご自身には何の責任もないこと。


どのように思われているかはわかりませんが、
きっと迷惑に感じる部分もあるのではないかと思うのです。


だってもし自分が、毎年ある時期に騒がれて、
そして落胆されたらどういう気持ちになるでしょうか。


自分に責任はなく、周囲が勝手にそうなっているのです。

これはなかなか辛いものではないかと思うのですね。


ご本人はたいして気にされていないかもしれませんが、
何かそういった気がしてしまいます。



ところで、実は、同じようなことは誰にでもあるものだと思うのです。


一年で「この日だけは迎えたくない」みたいな日。(笑)


ノーベル賞の場合は、いい知らせの場合もありますが、
これは「嫌な日」であることが確定しています。


あなたには、そんな日はないでしょうか。


例えば、僕にはこんな日がありました。

職場で、一年に一回行われる、忘年会。


僕は、この日が嫌で嫌でたまらなかったのです。
特に若い頃はそうでした。


お酒も飲めませんし、
忘年会になると、なぜか嫌な先輩に絡まれるという
経験をしていたからです。


宴会場で孤独になってしまうこともありました。

孤独でなかったら、先輩に絡まれているという。(笑)


「何でこんなものに出席しなければいけないのだろう」
と毎年思っていたのです。


忘年会は、毎年12月。

僕の場合、それは「ブラック・マンデー」ならぬ
「ブラック・ディセンバー」だったのです。


しかし、よく考えてみると、
職場の忘年会は、一回だけですし、時間も2時間くらいです。


二次会まで参加しても、
終電までには帰りますから、たいした時間でもありません。

もし楽しいことをしているなら、あっという間に過ぎていく時間。


その程度のことを、「恐怖の日」として苦にしているのは、いかがなものか。

ある時、そんな風に考えるようになりました。


自分で自分の悩みが、馬鹿馬鹿しくなったのですね。

なので、そんなことを事前に悩むのはやめにしました。


悩もうが悩むまいがその日は来るわけです、
なら、悩まない方が精神的にいい。


そして、悩まなくなれば、
「自分が思っているほどそれは重大な問題ではない」
ことに気付いたりします。


当日も、先輩に絡まれるようなことが少なくなっていきました。

気分が楽になったので、
ネガティブなものを引き付けなくなったのかもしれません。


だいたい悩み事を探せば、それはいくらでも発見できますね。

逆に言えば、楽しいこと、希望のあること、癒されることを探せば、
それもいくらでもあるのです。


『何に目を向けるか』

それが自分を決めていくのです。



まとめ
-----------------------------------------------------------
考え方一つで、明るいものを見ることができます。

他人が決めるのではなく、あなた自身がそれを決めていくのです。
-----------------------------------------------------------



■愛の一言


※「愛の一言」は、僕がツイッターやフェイスブックで投稿した内容で、
特に大きな反響のあったものを取り上げ、より詳しい解説をします。



本日の言葉
─────────────────────────────
去っていったものに敏感になって、
訪れてくるものに鈍感になってはいけないよ。 

失われたものは目的を終え、
やってくるものは、新しい目的をあなたに与えようとしている。

今を一番いい時にしていこう。 
未来はもっとよくなっていくだろう。
─────────────────────────────


「感じやすい」というのは、元来長所ですね。

いろいろなものを感じ取れる感受性だからです。


ところが、この感受性を、悪い方向に使ってしまう場合があります。

せっかくの長所を、自分で短所にしてしまっているのです。


例えば、恋愛に悩むとします。

この場合、愛に敏感になっていると思いがちですが、
そういうわけでもないのです。

愛に敏感になっているというよりも、
「好きな人を失いやしないかという心配に敏感になっている」
のではないでしょうか。


これは、別に思いやりとは関係ありませんね。

本当に愛に敏感になっているのであれば、心配は出てこないものです。


人間関係でもありますよ。

職場で嫌な人がいる。
いつもその人に苦しめられています。

職場を地獄のように感じてしまう。


確かに気持ちはわかりますが、
少しだけ、自分の事情を横に置いて、冷静な目になってみましょう。


この場合、自分が嫌いな人の存在に、必要以上に敏感になっています。


でも、嫌な人ばかりいるわけではないはずです。


自分に好意的な人もいますし、好きな人もいるでしょう。

助けてくれる人もいますし、励ましてくれる人もいます。


そういった人の存在にこそ、「敏感」になるべきですね。


我々は、鈍感でいいものに敏感になって、
敏感になるべきものに鈍感になっていたりすることがあります。


「あの人に傷つけられた」

といつまでも気にしている。


しかしそれは、「敏感にならなくていいもの」です。


それよりも、「敏感になるべきもの」がありますね。

そちらに目を向けていくべきです。


自分のせっかくの長所を、正しい方向に使っていきましょう。


その決意ができた時、
あなたを覆う暗闇は、少しずつ明けていくに違いありません。



■「心の中の文章」を書き換えよう


自分を暗くして、辛くする言葉を、自分自身に言い聞かせている場合がありま
す。

それを思い切って「書き換えること」です。

そうすれば、もっといい状況になっていくでしょう。



・今回の書き換え
----------------------------
暴慢には暴慢で対抗だ

→→『暴慢には謙虚で対抗だ』
----------------------------



昔、僕が「自動車教習所」に通っていた頃の話です。


今はどうか知らないのですが、
当時の教官には、やたらにガミガミ怒る人がいました。

(その教習所がたまたまそうだっただけかもしれないですが)


教習所内で、運転練習中の時。

僕は、慣れないものですから、
「一時停止」を見落としてしまった。


すると、横にいた教官に、
「一時停止をしないなんて、人に対する思いやりがない」
と怒られたのです。


さすがに、おとなしい僕?もムッとしました。

まだ免許も取っていない、習い始めの初心者なのです。
そんな初めからできるなら、教習所なんていらない。

その後も、教官はやたらに怒っていて、散々でした。

僕も結構フテくされてしまって、雰囲気は最悪。(笑)


まあ、僕の運転が下手だったからかもしれませんが、
だからこそ教習所で習っているのです。

その教官だって、習い始めの頃は、うまくできなかったでしょう。


そんな経験があるものですから、
未だに自動車教習所にはいい印象がありません。

もちろんこれは、教習所が悪いわけではなく、その教官の個人的な問題です。


ところで、ここで僕が書きたいのは、
「運転教育について」ではありません。

そういう限定した話ではなく、もっと根本的な話。


その後、落ち着いてから、僕はこんなことを考えたのですね。


「あの教官は、あんなにガミガミ怒っていて、仕事が楽しいのだろうか?」

と。


どうです、根本的でしょう。(笑)

イヤミではなく、本当に疑問を感じたのです。


もちろん僕に対してだけではなく、
他の生徒にも同じようにしているのでしょう。

注意するのはいいにしても、
人格を否定するような暴言も吐いているに違いない。


僕みたいなおとなしい生徒ばかりとは限りませんから(フテくされましたが)、
反抗されることもひょっとしたらあるかもしれない。


いや、それよりも、いつも怒っていて楽しいはずもないですね。

教官が楽しくないなら、
生徒はその何倍も楽しくないでしょう。

でも、どうしてこの人は、こんな風になってしまったのでしょうか?


もちろん個人的な性格もあると思いますが、
「モノを教えている」うちに暴慢になってしまった
ということがあるのかもしれません。


当たり前ですが、運転の素人が教習所にやってきます。

教官は運転のプロ。

その差は歴然としています。
(単に運転技術の話ですが)


「デキの悪い(自分から見て)生徒」にイライラしたのかもしれません。

しかし、それは単に運転のこと。
違う面なら、その教官が素人ということはたくさんあります。


僕は思うのです。


もし自分が、何かを教える立場になったり、指導する立場になったとしたら、
最も注意すべき時です。

暴慢な気持ちになって、
手が付けられないような状態になってしまうことがあります。


しかし、どんな立場になろうとも、
生徒のような気持ちでいたら、決して迷うことはありません。

暴慢にもならないし、謙虚な姿勢を保つことができる。


きっとそんな人が、人をいい方向に導くことができる、
真の指導をしていくことができるのでしょう。


謙虚は、理念的なことではなく、実際に自分の日常にいい影響を及ぼします。


しかし、暴慢な人が周りにいると、
ややもするとそういった人の波長に感染して、
自分も同じようになってしまうことがあります。


ここが落とし穴。

落とし穴にはまると、ますます暴慢な人によって苦しめられていきます。

なぜなら、波長が合ってしまうので、
結局そういった人がいつまでも絡んでくるからです。


この落とし穴にはまらない人こそが、
必ず環境をよくしていくことができるでしょう。



■あなたが誰かに相談された時 (短期特別連載・第3回)


あなたは、人から相談をされて、
どう答えていいか困ったことはないでしょうか?

人から相談を受けた際、僕自身が心がけていることを、
こっそりあなたにお伝えしたいと思います。



「第1回目」と「第2回目」に書いたことをまとめておきましょう。


第1回目は、

『最善を尽くせば、それでいい』

というお話でした。


たとえ、いいアドバイスができなかったとしても、
相手の気持ちに共感し、相手のためを思って言ったことなら、それでいいということですね。


第2回目は、

『受け入れてもらえないなら、しばらく待ってみること』

という話。


何でわかってくれないんだと、相手を責めても始まりませんし、
押し付けることもできません。

押し付けようとしたら、かえって拒否されてしまうかもしれません。

相手の気持ちを無理に捻じ曲げることはできないのですから、
しばらく待ってみることが大切ということですね。

待つことで、相手の心が和らいでいく可能性があります。



さて、今回の3回目は、

------------------------------------------
「教える」ではなく、「軽く」してあげること
------------------------------------------

これが大切という話です。



「マザーテレサ」の言葉に、こういうものがあるそうです。


『説教してきかせても、それは人とふれあう場にはなりません。
ほうきをもってだれかの家をきれいにしてあげてごらんなさい、
そのほうがもっと雄弁なのですから』


まさに、この言葉通りですね。


もし、あなたが誰かの相談に乗ってあげる機会があったら、
もっぱらこれを心がけてみればいいと思います。

そうすれば、自分でも驚くくらい、うまくいくと思います。


ここでの「説教」の意味は、
「頭ごなしに説教する」という意味でしょう。

「君の考えは間違っている」というような感じの意味ですね。


まあ、こういう上司がいたら、大変ですね。

ネチネチしているのも困りますが、頭ごなしも困ります。

ネチネチしなくても、頭ごなしでなくても、
相手に伝えることはできます。

もしろ、しつこくしたり、頭ごなしに言うから、かえって何も伝わらなくなるのですね。


そしてさっきのマザーテレサの言葉。

「ほうきをもってだれかの家をきれいにしてあげてごらんなさい」

というのは、もちろん「象徴的意味」ですね。


これは、「行動が大切だ」という意味だと思うのですが、
それに加え、もっと深い意味があると僕は思う。


アドバイスも含めて、誰かに何かをしてあげるなら、
「その人の心を軽くしてあげよう」という意味だと思うのです。


言葉の正しさももちろんですが、
しかし、正論だからといって受け入れてもらえるとは限りません。

その言葉に愛があるからこそ(一般的な愛情の意味です)、
受け入れようと思うものです。


もちろん、調子のいいことという意味ではなく、
「励ましてあげよう」という意味です。


心に重荷を抱えているから、相談するのでしょう。


その重荷の種類は、それぞれ違っても、
重荷を何とかしたいと思っているのは同じです。

それを軽くしてあげることです。

その発想から、いろいろ伝えることを考えれば、
きっといいアドバイスができると思います。


なぜなら、そこには、相手によくなってほしいという「正しい動機」があるからです。



■恋愛人間関係小説


ここでは、僕の「創作小説」を連載します。

小説ではありますが、その主題は、僕自身がかつて見たこと、体験したことを
土台にしています。



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恋愛推理小説「疑惑の弁当事件」 第8回

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前回までのあらすじ

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「由紀子」はOL。
勤務時間が遅いため、夕食は部署全員で食べる。

彼女は、同じ部署の「沢田」に恋をしていた。

ある時突然、沢田が「弁当」を持参してきた。
いったい誰が作ったのだろうか?

そして、沢田の弁当箱が、
同僚の「加奈」の弁当箱によく似ていた。

由紀子は、沢田と加奈がいっしょに帰るところを目撃する。
「沢田と加奈の関係」を疑う由紀子。

しかし、事態は思わぬ方向に。


同じ部署の「洋子」が、
沢田と同じ弁当箱を持ってきたのだ。

由紀子は、意を決し、洋子に事情を聴いた。

その結果、洋子と沢田は、付き合っていないことがわかった。

では、加奈はどうなのだろうか?
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物語も、いよいよ佳境です。

弁当箱事件の謎は、一応解決しました。


「沢田と加奈と洋子が、同じ弁当箱を持っている」

その理由は明らかになった。


「社員旅行で、3人が同じ弁当箱を買った」

ただそれだけのこと。


男女関係ではないことがわかった。

しかし、由紀子の脳裏に、
どうしても消えない「疑念」がまだ残っていた。


沢田と洋子には、弁当箱を買う理由があった。

しかし、加奈はどうなのだろうか?


沢田と洋子は、同じ部署で、気心が知れている。

でも、加奈は、違う部署で、
そこまで沢田や洋子と親しいわけでもない。

なのに、わざわざ、3人いっしょの弁当箱を買うなんて・・・


その辺りが、よくわからなかった。


由紀子は、ただでさえ、あいまいさを嫌う性格。
物事をはっきりさせないと気が済まない性格なのだ。


ましてや、沢田は片想いの相手。
彼に関することだけに、あいまいなままでは、不安が消えない。


では、どうしたらいいか?


この場合も、「加奈に直接聞く以外にない」と思った。

洋子に次いで、加奈に対する事情聴取。(笑)


しかし、加奈にどうやって話しかけたらいいか?

洋子は同じ部署だから気楽に聞けても、加奈は他部署。


ただ、普段付き合いがないとはいえ、
由紀子と加奈は「同期」だった。


その部分で気持ちを強くし、思い切って質問してみることにした。


チャンスは、加奈が昼食を食べている時。

その方が、自然に弁当箱の話ができるから。


普段は午後出勤の由紀子は、その日は早い目に出勤した。

会社に着くと、ちょうど昼食の時間。

休憩室を覗くと、加奈が食事をとっていた。


毎週この日は、
仕事上の関係で、加奈が一人で昼食を食べることを、
由紀子は知っていた。

だから、今日を選んだのだ。


それとなく、休憩室に入る由紀子。

加奈は、驚いた様子だった。

「あれ、今日はちょっと早い出勤なのね」
「ええ、ちょっと早く来てしまって。なので休憩室で休ませてね」


休憩室にある雑誌を読むふりをしながら、
加奈に話しかけるタイミングをうかがった。


「あれっ、そのお弁当箱、洋子さんと同じね」


沢田のことを出すのは何となく気が引けたので、洋子のことを出した。


「うん、社員旅行で、いっしょに買ったの」


もちろん由紀子はそれを知っていたが、知らないふりをして、
「へえ、そうなんだ」と言った。


「どうしていっしょに買ったの?」

その質問に答えた加奈の言葉は、ほぼ洋子から聞いた内容と同じだった。


しかし、沢田のことが出てこない。

あえて出さないようにしているのか、それとも沢田には関心がないのか。


加奈が沢田の話題を出したら、それはそれで不安になるし、
出さなかったら、怪しいのではないかと、これまた不安になる。

どっちに転んでも不安になるのだから、
由紀子の恋の病は重症。


「どうして、弁当箱を買ったの?」
「どうしてって、ほしいと思ったから」


「変な質問だな」というような表情を加奈はした。


結局、よくわからなかった。

でも、加奈の態度からして、
沢田とお付き合いしていることはないと思った。


しかし、それで由紀子がすっきりしたかといえば、そんなこともなかった。

由紀子の疑念は、まだ続く。



さて、読者のみなさん。


これから由紀子はどうなったと思いますか?

沢田と由紀子の関係は、どうなったのか?


実は、どうにもならなかったのです。


沢田に恋人がいるかどうかを由紀子は気にしていましたが、
別にそれは、由紀子の恋の進展に役立つことでもなかったからです。


時間が経って、さすがに弁当箱の一件は、由紀子の脳裏から消えていきました。


そして、それから3年後、由紀子は退職します。


沢田との恋は、もうどうにもならないことがわかり、
また由紀子は新しい仕事に興味が沸いてきて、退職してしまったのです。


さて、それからずっと後の話。

由紀子が前の職場をやめて「10年後」のこと。

懐かしい職場の同窓会があったのです。


「久しぶりに、全員で会おうよ」

ということになって、当時の同僚と再会することになりました。


物語は、ここでクライマックスを迎えます。

その場に、あの加奈も来ていたのです。
10年ぶりの再会。


そして、由紀子は、加奈から、
当時の「弁当箱事件の真実」を打ち明けられます。

まさに、由紀子にとっては、10年後に知った衝撃の事実。


由紀子は、これを通じ、
恋愛や人間関係の最高の教訓ともいえる、
貴重なものを手にします。


次回に、そのすべてを書きましょう。   (次回に続く)



■悩み相談Q&A


ここでは、皆様からご相談をいただいたことについて、
僕の回答をシェアします。

ご相談内容は、プライバシーを考慮して、簡略して書いています。

今回のご相談は・・・



─────────────────
Q.現在、心の病を抱えています。

それを主人にわかってもらえません。
家事ができていないと怒られました。
─────────────────


A. それは、とても悲しかったでしょう。

お気持ちはよくわかります。

自分が抱えている症状をわかってもらえない時は、とても辛いものです。

今回のようなご主人の怒りが度々あるのか、
それとも今回に限ったことなのかはわかりません。

ただ、あなたの苦しい状態を、ご主人には、全部は無理でも、
少しでも理解してもらう必要があります。

そのようなお話をご主人とされているかどうかはわかりませんが、
少しずつ、あなたの抱えている症状への理解を促していくことは必要です。

わかってもらえる部分が大きくなればいいことですし、
どうしてもわかってもらえず、同じような態度が続くなら、
また考えていけばいいでしょう。


ご主人は、あなたの症状のことに、あまり理解が及んでいないのかもしれません。

もし、理解できているなら、
今回のことは一時的に腹が立って、感情的になったのかもしれません。

一時的なことなのか、いつもそうなのかで、違ってきます。


自分の症状を抱えながらご主人と向き合うのは辛いことですが、必要でもあります。

夫婦とはいっても、やはり元は別々の者同士です。
お互いの理解を深めていく努力は、いつだって必要です。

といっても、無理は必要ないです。

できる範囲のことをすれば、それで十分です。
あなたができることをすれば、もうそれでいいのですよ。

後は、ご主人の理解の問題になってきます。


自然にわかってくれることが理想ですが、そういうわけにもいかないことも多いです。

ぜひ、くじけず、あなた自身の症状をよくしていく決意と、ご主人に症状を理解してもらう努力を、勇気を持ってしていっていただければと思います。

その結果、うまくいかないなら、また次の方策を考えていけばいいと思います。

辛いことですが、人生には「困難がつきもの」というのも事実です。


常に、何かを乗り越えていくのが人生だと思います。

逆境から、真の自分を見出します。


今の困難を、少しでも和らげるためには、ご主人の態度に一喜一憂するのではなく、理性的になって、あなたなりの最善を尽くしていくことが大切だと思います。




■編集後記


今回もお読みくださってありがとうございます。


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また、直接メールをくださっても構いません。

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